停戦協定

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 嶋田たちの駆るマニューバ・トレーサーは各種火器・火砲を搭載した装甲戦闘車両、つまり戦車として分類されている兵器である。これらの機動兵器は、英名の頭文字をとってMTと略称されていた。  かつて戦車の運用は操縦、各種火器管制と主砲・副砲操作、そして戦闘中での欠員を考慮して複数の搭乗員が必要だったが、兵員不足はこの運用をワンマンで行えるようにせざるを得なかった。  履帯(りたい)による無限軌道を備えていない機体は厳密には戦車ではないが、運用方法には大きな差異はない。むしろ瓦礫(がれき)で埋め尽くされた市街地や、切り立った山地の崖など戦車での踏破が困難な場所でも、直立形態モードであれば難なく乗り越えることができた。  機体脚部には走行用の移動機構が内蔵されており、そのほとんどは無限軌道が採用されている。移動形態モードでは脚部、人体に置き換えると(すね)脹脛(ふくらはぎ)に当たる部分が前後に分割され、それぞれの接地面に備えられた履帯を別々に駆動させることができる。これによって移動形態モードでも通常の戦車を大きく上回る旋回性能や機動性能を持つ。  直立形態モードではパイロット自身の動作、身体能力を擬似的に走査(トレース)することで他の機動兵器を圧倒する機動性能へ変換する。重力制御装置が実用化されなければ、こんなに複雑でもろく、壊れやすい機械は作られなかった。脚部の膝関節や股関節、胴体と腕部を繋ぐ肩関節は、重力制御の補助がなければ動かすだけで自重により容易に破損するからだ。  人体の両腕に相当するおおよそ長方形の下腕部には各種兵装のマウントラッチが内側を除く三面に備わっており、滑腔砲や機銃、グレネードランチャーなどの兵装へ比較的容易に換装が可能となっている。  両腕を合わせて最大六門の兵装を搭載できるが、数を増やせばそれだけ腕部にかかる荷重が増えるため、通常の作戦では二〜三種類の兵装を積載するのが一般的であった。下腕部先端には主に射撃兵装用のレーザー測遠器、砲口照合装置、環境センサ類などが多数備えられている。遠距離からの精密射撃を行う狙撃パイロットには重宝されたが、嶋田たちのように前線で接敵する白兵戦パイロットにとっては無用の長物である。重量を少しでも軽くするために、あえてその機能を取り除くものも多数いた。しかし熱によって砲身が歪んだ際の照準補正が効かず、砲弾をムダに垂れ流す事態が頻発し、さらには味方へ甚大な被害を与えた事案発生によって総安保連合国軍ではMTのセンサ類取り外し運用は軍規違反となった。  が、前線での補給がままならないことを逆手に取ってセンサ類を取り外すものはあとを絶たない。  マニューバ・トレーサー開発の黎明期では腕部を巨大なマニピュレータとして取りつけ、人体と同様に兵装を持たせ運用するという計画があった。しかし重力制御装置をもってしても手指にあたる部位が振り回す負荷に耐えられないのと、跳躍機動や機体転倒によってほぼ確実に兵装を落下喪失してしまうため、その計画(ロマン)は早々に潰えることとなった。  下腕部の内側には非戦闘用の小型マニピュレータが格納されており、パイロットは機体に搭乗したままで施錠されたハッチの開閉操作や、端末操作を行うことができる。  その他、背部に相当する位置に兵装用のマウントラッチが左右二箇所備えられており、こちらは下腕部に取りつけるものよりも大型の兵装、多連装ミサイルポッドやレールガン、追加装甲板の積載などに用いられる。  重力制御装置は大量の電力を要し、直立形態モードの稼働時間に問題があるため、戦闘がない場合は車両型の移動形態モードへ移行して移動する。そのための大出力の内燃水素エンジンが搭載されている。  各部関節機構の動作は固定化されるものの、胴体部の回頭によって上半身を簡易的な砲塔として扱うことができた。  直立形態モードでは重力制御装置へ回す大量の電力が必要となるので、別途搭載された電磁荷電粒子エンジンが人型への糧となる電力を生み出す。出力としては微弱なため、かつては真空中でのロケットや人工衛星などの姿勢制御用推進器として用いられていたが、少ない電極消耗で電力へ転換できるプラズマコンバータの開発が成功したことによって、地上車両を含め電力として転用できるようになった。  この質量で人体と同じ機動をする場合、コクピット内のパイロットにも相当な荷重がかかる。耐圧服なしでは少しの跳躍機動でさえも骨は砕け、肉が捩じ切れる。
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