停戦協定

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 光学兵器は空気中で威力を得るための電力が膨大なのと、偏光スクリーンによって容易に無効化できるためほとんど用いられなくなった。  しかしながら偏光スクリーン内に入り込むほどの至近距離では、ごく短時間での照射であっても強固な装甲を焼き切ることができた。レイブレードと呼称されるこの近接用兵装はレーザーで刃を形成維持するような類のものではなく、数ミリ秒間だけ一条の光束を照射する。照射タイミングに合わせてレイブレードを積載している腕部を振るい、狭い範囲を切り払うという単純な用法ではあるが、そのわずかな照射時間でさえも大量の電力を消費し、プラズマコンバータへの負荷も大きくなる。  戦略的な運用にはまったくもって向かない兵装ではあるが、弾薬が尽きた際の最期の悪あがきや、MTと相対した装甲車両や車両随伴歩兵にとって、生命を顧みなければ一撃を加えるための有効な攻撃手段でもあった。  嶋田は兵役に就いた当初では念のために積んでいたものの、すぐに重量と機動性、消費電力とのバーターは割に合わないと思い至り、兵装の選択肢から除外している。  その他MTの近接兵装としては、打突用ハンマーを用いる方がまだ一般的であった。簡易な構造と用法で、敵機の姿勢を崩したり、コクピット内のパイロットへ衝撃を与えられる。が、使用にあたっては重力制御装置へ過大な負荷がかかる上、自機の姿勢制御を失うリスクが伴うので、使用するパイロットはそう多くはいない。  MTの搭載火砲類は基本的に単純な運動エネルギーで射出される砲弾や榴弾などで、装甲を破り、重力制御装置や関節機構を破壊すればMTの動作は困難になる。これに加え、プラズマコンバータが破損して誘爆を引き起こすと、強烈なプラズマ波を発するため、本体はおろか周辺の機体を巻き込んで確実に消し飛ぶ。敵同士をうまく誘爆させれば小隊単位で壊滅させられるが、友軍や僚機をも巻き込みかねない威力は、敵機を破壊することが手段であるにも関わらず、パイロットたちはそれすらも神経を尖らせ、細心の注意を払わねばならないのである。  直立形態モードを保つための姿勢制御装置は、その操作補正のためのパラメータが多数あり、歩行するだけでも少しの設定ミスで機体のバランスが崩れ、転倒する。それを補うために脚部と肩部には圧搾空気を噴出させ、機体を任意の方向へ移動させるスラスターが搭載され、直立形態での移動を補助している。しかし、姿勢制御装置には裏技的な使い方があり、重力制御装置さえ動いていれば、姿勢制御装置を手動操作に変更して、人体の格闘技を彷彿(ほうふつ)とさせる機動を行うことができた。  もちろんこれには繊細かつ精密な機体操作が必要となるが、人体動作の走査によって動くMTの兵器としての本懐はその機動力であり、真骨頂の運用でもあった。とはいえそれは一朝一夕で身につくものではなく、MTへの理解と身体能力、それを電気信号として機体に伝えるセンスといえる才能と努力は不可欠であった。その域に達するまでには相当の期間を要するため、一般的な養成カリキュラムでは省かれ、セミオート化された表面的な運用の方法のみで、MTの動作への知識はなくともそこそこの機動は可能だった。戦争の激化により、パイロットが作戦投入されるまでの養成期間は三ヶ月にまで短縮されたため、姿勢制御の手動操作についての知識を持つものは激減しつつある。  嶋田は姿勢制御の手動操作知識に加え、身体的なセンス、姿勢制御装置の取り扱いに長けた数少ないパイロットのひとりだった。その嶋田ですら、敵新型機の動きが並外れた能力による機動であったと感じていた。  自殺行為にも等しい……嶋田本人もいい過ぎた感はあったが、それでもあながち間違ってはいないと思い当たる節があった。 「死地を求めていた……いや、まさか、な」  それならば少しは気持ちがわからないでもない。自分たち兵士の生き死には戦場が司る。戦場で死ぬか、生き残って別の戦場へ赴くしかないのだ。死に場所を探すように戦場を彷徨い続け、そして死に果てる日を待ち望む。気が狂っているとしか思えない思考だが、戦争は人間の正気を簡単に蝕み、奪い、壊し、そして狂気へと駆り立てる。 「狂気、か……」  そう呟き、嘆息して項垂れる嶋田の姿が疲労しているように見えたのか、三鷹がそれとなく声をかける。 「二尉、お疲れのようならデッキの簡易ベッドで横になっててもらって構わないぜ。エンジン音が気にならないってんなら、そこそこ快適だ」 「いや。遠慮しとくよ。ジェットの爆音で寝てられないようなベッドには興味がない」 「ははっ、腕利きパイロットがジェットエンジンは苦手だったとはね。慣れりゃどうってことないんだけどな。ま、仮初(かりそめ)の停戦協定とはいえ敵は来ないだろうし、基地に着くまでゆっくりしててくれ」 「ありがとう、一曹。気を遣わせてすまないな」  嶋田は基地へ到着するまでの間、輸送機の窓から、その眼下に広がる廃墟と化した街並みをぼんやりと眺めていた。
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