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三百年戦争
果てなき戦争。
そもそもこの戦争がどうして起こったのか、その発端を憶えている人間は既に存在していない。記録としてデータ上には残ってはいるものの、情報の信憑性も信頼性をも著しく欠いており、それを検証する意味も意義も失って久しい。
幾度となく停戦と再戦を繰り返し、それが三百年以上も続いている。
当初は人間同士が殺し合う構図ではなく、無人機同士の戦いだった。無人機に代替された戦争では偶発的に発生した都市部への攻撃により民間人への被害はあったものの、人命が失われることは稀であった。
しかし次第に戦争そのものの意義を見失い、さながらゲーム感覚で両陣営は無人機の性能向上を図り、研究開発に心血を注いだ。高度に発達した技術と革新的なエネルギー転換、そして地球外からの調達計画がもたらした潤沢な資源によって戦果の優劣がつかなくなり、戦線は一進一退、戦況は長い間膠着状態が続いた。
無人機による代理戦争が続いていればよかったと、当時を知るわずかな老人たちは過去を語ることがあったそうだが、口伝えの昔話しとして語り継がれるのみで、そうした事実は記録には残っていない。
人的被害のない、生命を賭けない戦争では決着がつかない、そう判断したのは誰か。
それも今となっては定かではないが、いつからか再び兵士たちが作戦投入され、無人機を蹂躙するようになると、戦争はすぐに兵員の投入と削り合い、敵国の領土占領へと回帰した。
戦火がいくつもの人々の街を、故郷を飲み込み、焦土へと変えて行った。
自国を護るためと教えられ、兵士たちは拡大して行く戦場へと送り込まれ、次々と死んで行った。失われた人的資源は、無人機のように簡単には替えが効かない。いつ終わるのか見通しの立たない戦争は、施政も経済も破綻しているにも関わらず、誰にも停められなかった。
嶋田二尉は防衛大学の卒業を半年繰り上げられ、三年前に配属された。兵役一年後の生存確率は一パーセントにも満たないが、嶋田はすぐに小隊を率い、熾烈な前線で三年を生き残った。その短い期間で上官、部下、戦友、家族を何人も失った。嶋田の母親も戦闘に巻き込まれて死んだ。
両陣営はあらゆる兵科で人員不足に悩まされ、学徒動員が行われた現在でも、その数を埋め合わせるには及ばない。むしろ練度の低い兵卒では手練れを相手にできる訳がない。敵の餌食となり、未来を背負って行くはずの生命を散らして行く。出撃のたびに新たな兵が麾下に加わる。もう何度も同じことの繰り返しだった。
だからこそ、新たに小隊へ編入された兵のため、嶋田は銘なき墓標を建てておく。戦場では遺体はおろか、認識票を回収することすら困難だった。兵には遺書のようなものだと伝えているが、近い将来……いや今日こそ自身の名が刻まれる。
嶋田の願い、なのかも知れない。
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