4.怪盗ファントム

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4.怪盗ファントム

 スモークの周りを警官が取り囲んだ。 (どういうことだ?何が起きてる?)  スモークは絵画を隅々まで眺めた。その様子を見て、アノンは腹を抱えて大笑いする。 「まだ分かっていないようだな?いいだろう。最後に教えてやるよ。俺の作品は……キャンバスに映し出された映像だったんだ!」 (あの絵が……映像だっただと?)  スモークは額縁をじっくりと観察する。よく見ると額縁の内側の縁、全体に光源のようなものが取り付けられている。小型な上、薄いので全く気が付かなかった。 (あまりに精巧(リアル)すぎる!)  筆のタッチ、色彩。どうみても油絵具で描かれた絵にしか見えなかった。 「驚いて言葉も出ないか?キャンバスをディスプレイ代わりに額縁から投影させていたんだよ!」  勝ち誇ったようにアノンは声高々に言った。 (そんなの聞いてねえぞ……)  これだけ警官に囲まれたらスモークが俊足でも逃げ切れない。 (今更俺はファントムじゃないって言うか?いや、俊足のスモークでも捕まるだろ……) 「この勝負、俺の勝ちだ!ファントム!」  迫りくる警官にスモークが目を閉じた時だ。 『皆々様!お待たせしました!』  明るい男性の声と共に一羽の鳩が展示室に入り込んできた。  部屋が暗転する。鳩が口を開くと忽ち展示室の壁がプロジェクターに早変わりする。スモークは眩しさに目を細める。  壁に映し出された映像。そこには白いシルクハットに白い正装、マント姿に顔を仮面で隠した人物が映し出された。 「……ファントム!」  アノンが呟いた。 『今宵、貴方の作品を我が手に……取り戻す』  ファントムの発言に周囲が騒がしくなる。スモークはすぐにネット記事の画像を思い出した。予告状には続きをファントムが口にしたのだ。 「取り戻すだと?俺の作品は……俺のものだぞ!」  瞳孔が開いているところからアノンが明らかに動揺しているのが分かった。 『いいえ!貴方の作品は全て盗作だ!』 「盗作……だと?」  スモークは思わず呟いた。警官たちが「どういうことだ?」と騒ぎ出す。 『「あの日の肖像」を含め、今まで発表してきた作品は全てジョージという男性の作品だったんです』 「いつの間に俺の家に!」  アノンは声を上げていた。  映像を見るとファントムはずらりと絵画が並んだ部屋にいる。部屋の広さからかなりの大豪邸であることが分かった。近くにあった絵画を手にしながら、口元に怪しい笑みを浮かべている。 『原作の絵の裏には上から白塗りされていましたが……。修復してみるとジョージというサインが入っています。あなたは無名の画家の絵画をそのまま世に売り出したのです』  「ジョージ」と書かれたサインが映像から流れ、警官たちは声を上げた。スモークも驚きに立ち竦む。警官たちの視線はスモークからアノンに向けられた。 「出鱈目を言うな!証拠なんて、どこにもない!」 『証拠?証拠ならここにある』  ファントムが指を鳴らすと場面が切り替わる。  映し出されたのはひょろりとした体躯の中年の男性だった。農夫のような、貧相な格好をしている。 『私は……ジョージの息子、ジャックと言います。此方は僕の母の写真です』  そう言って古びた写真をカメラに向かって見せた。 「……絵の女性と子供にそっくりだ……!」  その場にいた誰もが息を呑んだ。写真に映し出された女性と子供は「あの日の肖像」に描かれていた人物そのものだった。 『父は趣味で絵を描く人でした。戦争で私達家族は散り散りになり絵も財産も何処かへ行ってしまったのです。その後父も戦争で亡くなりました。そんな時、私の元に届いた手紙から父の絵が出回っているという事実を知りました。私の住む地域ではまだライフラインが整っていないのです。当然、インターネット環境も。ですからこんなことになっているとは全く知りませんでした』  暫く沈黙が続いた後、アノンが鼻を鳴らす。 「それで?金をむさぼりに来たってわけか?俺が無名の父の作品を盛り立ててやったというのに!それかいい生活をしている俺への嫌がらせか?」  アノンの言葉を聞いたジャックが大きなため息を吐く。その表情は疲れ切っていた。 『お金はいりません。名声も。私はただ……家族の思い出を取り戻しに来ただけです』  切実なジャックの言葉が(とど)めとなる。 「芸術家アノンを捕らえろ!」  髭を蓄えた警官が声を上げるとアノンは捕らえられた。 「離せ!絵画データは俺の物として登録されてる!今更手遅れなんだよ!」    ガシャンッ。  痺れを切らしたスモークが額縁を投げ捨てる。 「いい加減にしろ!お前は盗みに失敗したんだ!負けたんだよ!」  その場にいた誰もがスモークに圧倒されていた。 『絵画データとはこれのことでしょうか?』  映像が再びファントムに切り替わる。掌には数字や英字、記号が掛かれたキューブが浮いていた。 (データを映像化したのか)  スモークはファントムの演出力に舌を巻く。 「何故お前がそれを……!」 『それではいきますよ。1・2・3!(ワン・ツー・スリー)!』  ファントムが指を鳴らすと、データが1文字ずつ消えていく。それは絵画データの削除を意味した。 「……!そんな!止めろ!」  アノンの悲痛な声が響き渡った。 『それではジャックさんのお友達。「あの日の肖像」をお願いしますね。それでは皆々様方!またの機会に!』 (……?)  最後の映像、明らかにファントムはスモークの方を見ていた。 (そういうことかよ)  スモークは捕らえられたアノンに向かって走る。 (俺の依頼主は……ファントムだったのか)  呆然自失としたアノンのジャケットの裏を探った。 「……見つけた!」  それは丸められた布だ。広げるとジョージが描いたであろう、「あの日の肖像」が姿を現した。 (なるほど。そりゃあ盗まれるわけないと自信満々なわけだ。本物はずっと自分の側にあるし、電子データもあるんだからな)  スモークが一息ついているところに警官が声を掛けてくる。 「ジャックさんのご親友、早くその絵をジャックさんに届けてやってください!」 「……はい!それは、もちろん!」  スモークは帽子を目深(まぶか)にかぶり直すと警官に愛想よく答える。機械仕掛けの鳩が、闇夜に飛び去って行くのが見えた。 「ありがとうございます」  翌日、ジャックはスモークから「あの日の肖像」を受け取った。  連日ネットニュースやSNSではアノンの盗作について取り上げられている。彼が戦争孤児だったことや贅沢三昧な私生活などが明かされた。これから穏やかな生活を送るスモークにとって些細な事だ。 (姿を見せることなく盗みを完遂するか……。こそ泥の俺には敵わねえや)  ベンチから腰を上げるとスモークはジャックを背に歩き出す。肩に荷物を下げ、どこか遠くへ出かけるようだった。 「本物のファントムを見ることができませんでしたが、私にとってのファントムは貴方ですね」  ジャックの言葉をスモークは背中越しに受け止める。 (そうか。ファントムは……誰にでもなれるのか)  その日以降、「俊足のスモーク」の名を聞いた者はいなかった。
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