2.俊足のスモーク

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2.俊足のスモーク

「なんでこんな時に……。しかし依頼は依頼だ。しっかりやろう」  廃ビルの一室で一人の男が頭を抱えていた。  30代半ばを差し掛かってはいたが鍛え上げられた体つきをしている。その上背が高い。釣り目がちな目、無数にある顔の傷から凶悪そうな印象を受ける。  目の前に浮かび上がっていたのは新聞記事の映像だ。見出しには『アノンの新作公開!ファントムと対決か』とあった。 「よりによって次の獲物がファントムと被るとはな……!運がねえな」  男は自分に送られてきたメールを見返す。 『俊足のスモーク様 貴方の腕を見込んでお願いがあります。 3日後にマーブル美術館に展示されるアノンの新作を盗んで頂きたい。 報酬は貴方の望むままにお支払い致しましょう。もしお仕事を引き受けてくださるのであればこちらのメールに返信ください。 良き返事をお待ちしております』 「何故俺がスモークだと分かる?それに俺の連絡先は裏社会の人間しか知らないはず……。一体依頼主は何者だ?」  スモークと呼ばれたこの男は(ちまた)を騒がせる泥棒だった。  自分の生活のために金品を奪っては裏で売りさばく。あるいは高い報酬の代わりに盗みを代行する。言わば職業としての泥棒だった。そこには大義も何もない。  「俊足のスモーク」というのは彼の異名だ。逃げ足が煙のように速いことから付けられた。本名を使わない彼は自らも「俊足のスモーク」と名乗るようになっていた。 「俺の正体がバレたってことか?」  スモークは顔を青ざめさせた。  自分の居場所を探り当てた恐ろしい相手ではあるが、上手い話だとも思う。美術品や宝石はデジタル化しつつある世界で価値を高めていた。だからスモークもそういったものに狙いを定めて盗んでいたのだが……。獲物は減っていくばかりだ。 「若い頃なら薬だろうが武器だろうが盗んでやったが俺も年を取った。できればリスクは減らしたい」  貯えも減って来たところだ。できればこの依頼を引き受けたい。 「ファントムが同じタイミングで盗みを表明するとはな……。運がない」  スモークは項垂れた。しかしすぐに顔を上げる。 「いや、待てよ。ファントムが狙っているからこそ隙がつけるんじゃないか?」  一見不利な状況でも、うまく利用すれば好転する。  スモークはにやけると頭の中で策謀を巡らした。一度自信が付くと次々とアイデアが思い浮かぶ。 「こいつは……いけるぞ」  久しぶりに感じる高揚感。スモークは先ほどのメールに返信した。すぐに反応があり、電子小切手の書類が添付されてくる。物を確認次第振り込まれるとのことだ。 『盗んだ絵は遣いの者にお渡しください。遣いの者は絵を盗んだ翌日、美術館前に現れます』  可笑しな行動にスモークは疑問を抱いたが柔軟な思考ですぐに不安を打ち消した。 「警官は盗まれた後の美術館にわざわざ居座らないだろう。闇バイヤーやら古美術商に人員を裂く。だとしたら美術館での取引はいいかもしれない」  スモークはにんまりと悪い笑顔を浮かべる。 「老後を安心して過ごせるくらいの金はせびってやった!見てろよファントム。悪党の力、見せてやる!」  意気揚々と盗みの準備を始めた。
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