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3.「あの日の肖像」公開日
「さあ!一体ファントムはどのようにして現代芸術家のアノン氏の絵画を奪うのでしょうか!今夜の中継をお見逃しなく!」
興奮気味にアナウンサーの女性が捲し立てる。久しぶりのファントムの登場に世界中が注目した。
マーブル美術館から人の波が消えることがない。
(閉館したっつーのになんて人だ!)
スモークは美術館に程近い、建物の物陰から美術館の出入口の様子を伺っていた。ドローンや監視カメラの視覚を遮ることのできるギリギリのエリアだ。
美術館の周囲の警備配置や監視カメラの位置、ドローンの動きは日雇いの者に探らせた。SNS上で『短期高額バイト!地域の環境調査』なんて広告を出せばすぐに集まる。美術館周辺の写真を撮ると思わせてドローンや監視カメラを撮影させるのだ。
スモークは空を見上げた。警備用のドローンを見つけ、物陰に隠れる。
(やべ……。ちと不安になってきた)
スモークの緊張が高まって来たところに大きな歓声が上がった。
「なんだ……?」
視線の先にはアノンがいた。シルバーのスーツは観客の目を惹く。
(如何にも芸術家という感じだな)
スモークは黙って様子を伺った。
「お集まりの皆様方。残念ながら。私の作品を盗むことはできません。何人たりとも!」
強気の発言に観衆がどよめいた。同時にスモークの闘争心に火が点く。
「言うじゃねえの」
傷だらけの顔に深い笑みをたたえた。
「ファントムだ!」
マーブル美術館の前に押し寄せていた観衆の一人が叫んだ。空を指さし興奮気味に顔を赤らめている。
「あれが……ファントム」
アノンは月を背にマーブル美術館に降り立とうとする人影を見た。巨大なドローンに吊られた白いシルエットは闇夜によく映えた。シルクハットを目深にかぶり、その顔は良く見えない。マントがはためき、その光景は絵画の如く美しかった。
「警備ドローンに追撃されて終わりだ」
腕組をしながらアノンは笑った。アノンの言った通り、警備ドローンが警報を鳴らしながら粘着性の網を放出する。地上では警官たちがファントムが落ちてくるのを待ち受けていた。
攻撃を受けたファントムのドローンは墜落した。しかしファントムは落ちてこない。
警官含め、観衆たちは呆然とした。理解できない現象にいち早く気が付いたのはアノンだった。怒りと驚きとで身体を震わせる。
「騙された……。奴は幻だ!ドローンから映し出されるホログラムだったんだ!」
その声と同時にマーブル美術館の四方から同様のドローンが現れる。どれもファントムの虚像を吊り下げていた。
「あの中のどれかに本物がいる!探し出して捕まえろ!」
髭を蓄えた、上層部らしき警官が叫ぶ。マーブル美術館は忽ち大混乱に陥った。
「流石は天下のファントム。先に動いてくれると思ったぜ」
その頃スモークはこの混乱に乗じて警官の恰好をして館内に侵入していた。日雇いの者が撮影したものを元に似たようなものを準備したのだ。この非常時である。本人確認などしている暇はない。
「おい!そこのお前、展示室の警備につけ!美術館の天井にファントムが降り立ったとの情報が入った!」
「承知しました」
スモークはわざと凛々しい声を上げる。
(悪いがファントムさんには囮になってもらいますかね)
スモークは展示室へ向かった。
スモークの盗みの計画は単純だった。ファントムの騒ぎに乗じて美術館に乗り込み、盗みを行う。ただそれだけだ。
展示室には数名の警官と警備ドローンが飛んでいる。スモークは素早く対象の絵画を確認した。
透明なガラスケースの中に「あの日の肖像」は飾られていた。
スモークは懐から何かを取り出すと腕に取り付けた端末に触れた。展示室の扉を開けがてら、スモークは大声で叫んだ。
「火事だ!早く逃げろ!」
スモークが開けた扉から白い煙が入り込んできた。警官たちが戸惑っているところにスモークがもう一押しする。
「絵画は俺が持っていく!お前たちだけでも早く逃げるんだ!」
その言葉は警官たちを動かした。スモークに尊敬の眼差しを向ける者すらいる。
『消火システム、起動。展示室Aの火災を感知』
警備ドローンは火元に向かって展示室から消えていく。邪魔者が消え失せた展示室でスモークは1人、ほくそ笑んだ。
「完璧だ」
スモークが懐から取り出したのは小型ドローンで煙を散布している。更に熱を持つように設定し、警備ドローンの囮にもなっていた。
(あとはこの絵画を「守る」という名目で外に持ち出せば完璧だ。板から取り外せば絵画は布状になる。そうすれば人目に触れずに持ち運べる)
スモークはガラスケースを難なく取り外す。火事になると絵画への警報が解除されるのだ。それは美術品を守るためのシステムだった。
「よしっ!」
絵画を手にした瞬間、驚くべきことが起こった。
「……は?」
温かな母子像は何処へ行ったのか。あっという間に真っ白なキャンバスへと変わってしまったからだ。
あまりに突然のことにスモークは固まった。何が起こったのか全く理解できない。
「そこまでだ!ファントム!」
展示室にアノンの声が響き渡る。アノンの背後には夥しい数の警官が控えていた。
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