泥棒がやって来た!

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
  私の勤めている会社は4階建て、町のはずれの郊外にある。  勤めている部署は北側の端の部屋で、東側には講義室という部屋がある。  講義室とは名ばかりで、さまざまな人が休憩や相談、ミニ会議に使うただの空き部屋。   繋がっているのでこの部屋を管理しているのは私の部署。  その日も朝、出勤して部屋に入る。  一番乗り。  繋がっている講義室も鍵を開けに入る。  入ってすぐに異変に気づいた。  ……風を感じる?  誰かが使って窓を開けっぱなしにして帰ったか……。  窓を見ると……  えっ!  窓ガラスが割れて床に散乱していた。    泥棒が家に入ったとなると、不安、恐怖、心配などの感情が湧くが、職場となるとそこまではない。  入れ替わり立ち代わりみんなが現場を見に来る。 「窓ガラスが割れて部屋に散乱している、ということは…外からガラスを割って侵入したのか……」  名探偵もやって来る。  ただ……言ってることは、当たり前。  鑑識が現れると社内のざわつきが最高潮に達する。  鑑識は現場に入って何やら調べていたが、思ったより早く退散。  後で聞いた話では「たくさんの人の足跡がいっぱいで、なにも見つからない。」 と言ったらしい。   「朝方、窓を割って侵入したのよー、でも何もない部屋でしょう。すぐに出て行ったのよ。おそらく、プロの仕業ではないみたいだって。」  売店のおばちゃんが警察関係者のように話す。  どこで聞いてきた?  しばらくは社内はこの話で持ちきりになった。そしてそのざわつきも収まりかけた時それは起こった。  泥棒は再びやって来た。    今度は南側の事務所の窓を割って侵入、事務所にはお金がある。引き出しの中の小型の金庫が窓側に放り出されていた。 「金庫を持って逃げようとしたんだって、でも鍵がかかってるでしょう、開かないと諦めたみたいよぅ。」  売店のおばちゃんが楽しそうに話す。 「すみません……また泥棒に入られてしまいました……」  その週の朝礼で常務が頼りない声で話す。  みんながくすっと笑った。 「泥棒……怖いよねぇー」  営業部長はかなりのビビり、こう言って誰かれなしに話しかける。  営業で帰社が遅くなるので泥棒に遭遇する確率が高いためか。  ある時、営業部長が用事があって事務所に入った、その日は涼しく窓を開けていた。 「ちよっと、なんで窓開いてんの?」 「今日は涼しくて、窓を開けていると気持ちいいから……」 「ダメだよう、泥棒が見てるとまた来るよ、すきを見せるとダメだよう、閉めてよぅ。」  若い事務員はしぶしぶ窓を閉めた。 「泥棒は私が捕まえるわ!」  言ったのは会社の近所に住む勇敢な社員食堂のスタッフ。  仕事が終わってからの日課である犬の散歩を会社周辺コースに変更。  出発時間も夜暗くなってからに変更し、会社の駐車場から建物を一周。  その日は異常なし。  次の日、異常なし。  その次の日も問題なし。 「なんかさぁ、最近駐車場に犬のウンチ落ちてない?」 「そうそう、なんか最近よく落ちてるよなぁ。」 「私、この間踏みそうになったし……」  などとみんなが言い出し、駐車場に『敷地内犬の散歩禁止!』の立て看板が立った。  総務課の部長はひまなのか名探偵となった。  暇さえあれば泥棒が侵入した窓の外を捜査。  そして、それを見つけた。  小さな魚と干物。 「いりぼし……」  名探偵の推理によると、犯人は近所に住む男、その日もいりぼしをつまみに酒を飲みながら歩いていて、ふと魔が刺してガラスを割って泥棒に入ったとか。  そして、そんなことをやりそうな奴も特定したとか。  夜中に酒を飲みながらうろつく? 大丈夫か? この辺りの治安……  だが、この推理は外れた。  泥棒が捕まったのだ。 「事務所荒らしのプロだったみたいよ! 電車に乗って適当に降りた駅をふらついて、侵入しやすそうな建物を荒らしてたって。」  相変わらず、新聞以上に売店のおばちゃんは詳しい。  それにしても、総務部長に決めつけられていた犯人は誰だったのか?  気の毒…… その後、泥棒逮捕の話題で社内はもちきり。だか、それも束の間いつもの日常に戻った。 常務は建物のいたる所に監視カメラを設置した。 そして、窓ガラスが割れるとセキュリティセンターに連絡が行くシステムを設置した。 ……完璧。  泥棒がやってきて、そして捕まり、またいつもの退屈な日常に戻った。      
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!