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私の勤めている会社は4階建て、町のはずれの郊外にある。
勤めている部署は北側の端の部屋で、東側には講義室という部屋がある。
講義室とは名ばかりで、さまざまな人が休憩や相談、ミニ会議に使うただの空き部屋。
繋がっているのでこの部屋を管理しているのは私の部署。
その日も朝、出勤して部屋に入る。
一番乗り。
繋がっている講義室も鍵を開けに入る。
入ってすぐに異変に気づいた。
……風を感じる?
誰かが使って窓を開けっぱなしにして帰ったか……。
窓を見ると……
えっ!
窓ガラスが割れて床に散乱していた。
泥棒が家に入ったとなると、不安、恐怖、心配などの感情が湧くが、職場となるとそこまではない。
入れ替わり立ち代わりみんなが現場を見に来る。
「窓ガラスが割れて部屋に散乱している、ということは…外からガラスを割って侵入したのか……」
名探偵もやって来る。
ただ……言ってることは、当たり前。
鑑識が現れると社内のざわつきが最高潮に達する。
鑑識は現場に入って何やら調べていたが、思ったより早く退散。
後で聞いた話では「たくさんの人の足跡がいっぱいで、なにも見つからない。」
と言ったらしい。
「朝方、窓を割って侵入したのよー、でも何もない部屋でしょう。すぐに出て行ったのよ。おそらく、プロの仕業ではないみたいだって。」
売店のおばちゃんが警察関係者のように話す。
どこで聞いてきた?
しばらくは社内はこの話で持ちきりになった。そしてそのざわつきも収まりかけた時それは起こった。
泥棒は再びやって来た。
今度は南側の事務所の窓を割って侵入、事務所にはお金がある。引き出しの中の小型の金庫が窓側に放り出されていた。
「金庫を持って逃げようとしたんだって、でも鍵がかかってるでしょう、開かないと諦めたみたいよぅ。」
売店のおばちゃんが楽しそうに話す。
「すみません……また泥棒に入られてしまいました……」
その週の朝礼で常務が頼りない声で話す。
みんながくすっと笑った。
「泥棒……怖いよねぇー」
営業部長はかなりのビビり、こう言って誰かれなしに話しかける。
営業で帰社が遅くなるので泥棒に遭遇する確率が高いためか。
ある時、営業部長が用事があって事務所に入った、その日は涼しく窓を開けていた。
「ちよっと、なんで窓開いてんの?」
「今日は涼しくて、窓を開けていると気持ちいいから……」
「ダメだよう、泥棒が見てるとまた来るよ、すきを見せるとダメだよう、閉めてよぅ。」
若い事務員はしぶしぶ窓を閉めた。
「泥棒は私が捕まえるわ!」
言ったのは会社の近所に住む勇敢な社員食堂のスタッフ。
仕事が終わってからの日課である犬の散歩を会社周辺コースに変更。
出発時間も夜暗くなってからに変更し、会社の駐車場から建物を一周。
その日は異常なし。
次の日、異常なし。
その次の日も問題なし。
「なんかさぁ、最近駐車場に犬のウンチ落ちてない?」
「そうそう、なんか最近よく落ちてるよなぁ。」
「私、この間踏みそうになったし……」
などとみんなが言い出し、駐車場に『敷地内犬の散歩禁止!』の立て看板が立った。
総務課の部長はひまなのか名探偵となった。
暇さえあれば泥棒が侵入した窓の外を捜査。
そして、それを見つけた。
小さな魚と干物。
「いりぼし……」
名探偵の推理によると、犯人は近所に住む男、その日もいりぼしをつまみに酒を飲みながら歩いていて、ふと魔が刺してガラスを割って泥棒に入ったとか。
そして、そんなことをやりそうな奴も特定したとか。
夜中に酒を飲みながらうろつく? 大丈夫か? この辺りの治安……
だが、この推理は外れた。
泥棒が捕まったのだ。
「事務所荒らしのプロだったみたいよ! 電車に乗って適当に降りた駅をふらついて、侵入しやすそうな建物を荒らしてたって。」
相変わらず、新聞以上に売店のおばちゃんは詳しい。
それにしても、総務部長に決めつけられていた犯人は誰だったのか?
気の毒……
その後、泥棒逮捕の話題で社内はもちきり。だか、それも束の間いつもの日常に戻った。
常務は建物のいたる所に監視カメラを設置した。
そして、窓ガラスが割れるとセキュリティセンターに連絡が行くシステムを設置した。
……完璧。
泥棒がやってきて、そして捕まり、またいつもの退屈な日常に戻った。
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