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身分不相応
「……っ! そんなこと、分かっています」
「じゃあ身分不相応なこと考えるんじゃないわよ」
「それは……」
「あわよくば、って思ってたでしょ。見てるだけでいいわ、って顔してなかった。オリヴァー様ぁ、大好きぃ。結婚してえ~って顔してた」
「……!」
シャーロットはぐっと唇を噛む。
「下心満載ね。あんた、母親譲りのその顔で、オリヴァー様をたぶらかすつもりなんでしょ。それしか武器になる物がないから」
「ちが……っ」
「違わない。釣り合わないのよ、あんたなんかじゃ。没落した令嬢なんかに、オリヴァー様は見向きもしないわ。あの人は将来を約束されているのよ」
リーダー格の令嬢が言った。
「……っ!」
図星だった。とうとうシャーロットは彼女達を押しのけて走り出した。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
ズキズキと胸が痛み、呼吸が苦しくなる。悔しさで涙が滲んできた。
(分かってる、分かってる)
――オリヴァー様と釣り合わないことくらい、私が一番よく分かっている。
シャーロットは兄が忠告してくれたことを、本当はよく理解していた。没落貴族の娘と、次期騎士団長。みすぼらしい自分と、華やかな彼。住む世界が違う。十年前一度交差したきりの自分と彼の人生は、そうなるのが自然のように離れてしまった。
(貧乏だと恋も出来ないの? 身分が違うと、片想いすることもダメなの? そんなの……ひどすぎるわ)
ハアハアと息を切らして、シャーロットはガラスの扉を開け、中庭が見えるバルコニーに出た。隠れるように暗い壁に寄りかかる。
今夜は見事な満月だった。
(ああ、綺麗だわ。あんな嫌な目に遭ったのに、なんて素晴らしいお月様なの)
――お兄様の言うとおり、来なければ良かったのかな。
呼吸が整うまで、シャーロットはずっと夜空を見ていた。
それからどのくらいの時間が経っただろうか。
(もう、帰ろう)
と身体を起こしたその時、春の夜風に乗って懐かしい煙草の匂いが漂ってきた。胸がキュンと疼く。
(この匂い――!)
ハッとして扉の方を見ると、暗闇に小さな赤い光が灯っていた。それに照らされて、背の高い男の横顔が浮かび上がる。
オリヴァーだった。いつ来たのだろう。会場に背を向け、暗い中庭を見るともなしに眺めながら、煙草を吸っている。
「オッ……!」
シャーロットは思わず小さな叫びを上げた。
(オリヴァー様がそこにいる!)
二、三歩踏み出せば手が届きそうな場所に初恋の彼がいた。
(こんなに近くに……!)
オリヴァーは声に気付き、ちらりとこちらを見たが、すぐふいと視線を戻してしまう。シャーロットはドキドキしながらオリヴァーを盗み見た。
(ああやっぱり、噂通りの対応なのね)
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