舞い降りた天使

1/1

416人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ

舞い降りた天使

 シャーロットはつぶやいていた。風に乗ったその小さな声がオリヴァーの元に届く。  シャーロットはすぐにハッと我に返った。 (えっ、今なにか言っちゃった?)  オリヴァーが振り返った。 「……」  エメラルドの瞳がまっすぐシャーロットを捉える。何か言いたげな美しい碧{みどり}の宝石に、息が止まりそうになった。 「――……っ!」  ドキッと心臓が高鳴った。射貫かれそうなほど強いまなざし。全身が一気に熱くなり、血が沸騰しそうになる。 「オ、オ……リヴァー様……」 「……君は?」  長い沈黙の後、オリヴァーが言った。 (今の聞こえていたかしら?)  ――もし聞こえていたとしても、構わないわ。あれが私の本心だもの。……でも、笑われなくて良かった。  シャーロットはホッとしながら答える。 「あの、私ジョージ・パット・ウォーレンの妹の、シャーロット・エリザベス・ウォーレンです。あの、十年前に兄の結婚式で指輪を見つけて頂いた……」 「ジョージの? ……ああ、あの時の女の子か」  オリヴァーが考えるように宙を見てから言った。 「おっ、覚えておいでですか?」 「もちろん。印象的な出来事だったからね」  あまりの喜びにシャーロットは顔が真っ赤になった。 (ウソ、覚えていてくれていたなんて……!)  ――それに私、オリヴァー様と会話している!  その時シャーロットは直感した。 (告白するなら今しかないわ。この機会を逃せば、もう二度とお話するチャンスは巡ってこないっ……!)  ――振られても良いわ。すぐ社交界の噂になるだろうけれど、馬鹿にされるのには慣れているもの。失う物は何もない。  人生で一番勇気を振り絞った瞬間だった。シャーロットは細い手をぎゅっと握り、思い切って明るみに飛び出した。 「……!」  オリヴァーが食い入るようにシャーロットを見詰めた。  月の光に照らされたシャーロットは息を呑むほど美しい。バターブロンドの巻き髪が夜風に揺れ、ふわりとなびいた。 「……驚いた。まるで舞い降りた天使だな」  オリヴァーは感嘆の声でつぶやいた。 「あ、あのっ」 「……」  オリヴァーがなんだ、というような目で見る。 「ず、ずっとお慕いしておりました。十年前に助けて頂いたあの日から。オッ、オリヴァーさま……私と結婚して下さいまし……っ!」  シャーロットは一気に言った。 (どうしよう、告白してしまったわ……!)  バクン、バクン。シャーロットの心臓は今にも爆発しそうなほど高鳴っている。ぎゅっと目をつむり、彼の返事を待った。  長いながい沈黙が過ぎた。 「さっきのは聞き間違いじゃなかったんだな」  オリヴァーが紫煙を吐いて、つぶやいた。 「……っ」  シャーロットはハッとして目を開ける。彼が真剣に自分を見詰めていた。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

416人が本棚に入れています
本棚に追加