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贅沢な生活
「おほほほほ、そうお気になさらず。若奥様は初々しいですねえ」
「そういう訳にはいかないわ。恐れ多いの」
シャーロットはつぶやいた。
(複雑だわ……)
――この間まで贅沢とは無縁の生活をしていたのに。
彼女は四人くらいは楽に眠れるほど、ゆとりのある天蓋付きのベッドから降りた。絨毯はもちろんふかふかである。ひだの寄る上品なカーテンがかかる大きな窓からは、明るい陽が差し込んでいる。それが彼女用に誂{あつら}えられた、サファイヤがはめ込まれたドレッサーの鏡を反射して、キラキラと光る。
彼女が着ているのは、羽化したばかりの蝶のように柔らかいシュミーズである。胸元と裾には繊細で豪華なレースがこれでもか、とついている。
(慣れるなんて無理よ)
シャーロットは、ふと羽根枕の側に置かれた本に目を止めた。まだ発売されていない外国の恋物語だ。オリヴァーがシャーロットが暇をしないように、と特別に用意させたものである。
(オリヴァー様……)
彼女は恋しい彼のことを思い出す。
――地上に退屈した天使が、空に帰ってしまうと困るからね。
と、オリヴァーはこの本をプレゼントしてくれた。初めて貰った贈り物に、シャーロットは感激した。それから毎晩本を抱きしめて眠っている。
しかしそのような気遣いが出来る、優しい彼はまだ、ここに入ったことがない。未来の夫婦の寝室は別なのだ。
「私は没落貴族の娘なのよ。若奥様なんて身分じゃないわ」
「そうお気になさらず。オリヴァー様のご両親である旦那様ご夫妻も、『とうとう息子に花嫁がやって来た』と大喜びでしたよ」
中年のメイドはさくさくとシャーロットにガウンを羽織らせた。シルクで出来ていて、細かな薔薇の刺繍が施されている。ひんやりとした質感で、梅雨が明けた今の時期にちょうどよい着心地だ。
「花嫁だなんて……まだ仮なのよ、仮」
シャーロットは戸惑いながら腕を通す。こうやって着替えを手伝われることにも未だに慣れない。
「はいはい。さ、若奥様。湯浴みにいたしましょう。今朝は隣国の新しい髪軟膏が入ったんですよ。若奥様の御髪{おぐし}に塗って差し上げますね。そうすればもっとしっとりツヤツヤになりますよ。んもう、若奥様ったら素材がいいから手入れのしがいがあるってもんです。若旦那様も素晴らしい花嫁を見つけられましたよ」
「だからあのね、花嫁じゃないのよ。まだお試し婚約ってだけで……」
「はいはい。――エマ、ここはもういいから学校の準備をしなさい」
中年メイドは脇に控えていた七歳くらいの少女に告げた。
(あ……エマ)
エマは黒い髪を三つ編みにして、エプロンをつけている。瞳も同じ色だが、陰気な感じだ。少女はこくりと頷くとのそのそと歩き出した。
「エマ、大丈夫かしら」
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