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「はあ、」
「米沢がミクニちゃん、って呼ぶからミクニって名字だと思ってたんだ。国山美玖で、あだ名がミクニか」
勝手に感心してるけど、わたしはこの男をつゆほども知らない。
「ごめんごめん。ミクニちゃんは米沢から話を聞いてて、国山さんはこの実習室に来たとき絵を見てたから、どっちも知った気になってた。同じ人だったんだね。びっくりしちゃった。俺、高橋正春。よろしく」
「よろしく」
おしゃべりな明るい声色と元気な自己紹介に気圧されるまま、一言だけ返す。
「立体造形専攻で、前期課題の時は布がこういっぱい下がってるやつ作ったんだけど知ってる?」
布が下がってる表現なのか手を無意味に動かしている。その動作に思うところはまったくないけど、その作品には覚えがあった。部屋いっぱいに色布が下がった情景を思い出す。
「知ってる。あのカラフルな」
「そうそう」
前期の実習課題の制作発表といううちわの発表会で学内をまわったときにみた。
立体造形はもともと彫刻という名前の専攻だったけど、名前を変えてからなんでもありになった。それでも彫刻作品が多い中、この人が作っていたのは一室を使った空間表現というのか、たくさんの色と素材違いの布が折り重なったような作品だった。
「すごい覚えてる」
前期の展示では一番印象的というか、珍しさや、最後に見たのもあったのかもしれないけど、もっとなにかそれまで見たものを吹き飛ばすような衝撃があった。
「嬉しい。まぁでも、今年の立体、あんま空間表現とか現代アート系してる人いないから勝手に目立つんだけどね」
「きれいだったよ。ちゃんと好きだったから覚えてる」
ただ目立ってるだけじゃなくて、作品がよかったと伝えたいけど、私はあまり国語力がなくて、小学生みたいな誉め言葉しかでない。
「ありがと。国山さんの前期課題もきれいだったよ。題名もかわいかったよね。たしか『こどもはてんきを心配してる』」
「よく覚えてるね」
絵を覚えているということはよくあることだ。でも題名まで覚えている人は少ない。
「すごく、印象的だったからさ」高橋くんはわたしの絵を見てる。「これもテーマは一緒? 題名も同じ?」
「テーマも題名も一緒の予定」
二人で一緒に絵を眺めた。私はこうして一緒に人と自分の絵を見るのは担当教授ぐらいなのでどきどきする。
「完成しそう?」
絵は絵の具で埋めることはできている。でも完成はしてない。こういう抽象的なものの完成なんて、あるようでないものだけど、何故か未完成のものは未完成と伝わる。高橋くんは前期の絵を覚えてるみたいだから、特にわかるのかもしれない。
「まあ、完成はすると思うけど、ちょっと筆はのらないかも」
そう、絵は、必ず完成する。中途半端に投げたりしないし、出来不出来はわからないけど、仕上げきることに自信がある。
ただなんとなく気が進まない。
何度絵を見ても、なにもひらめかない。
「いま、ひま? よければ、俺のやつ見に来ない? 俺もちょっと詰まってて、できれば意見欲しい」
「わたし、現代アート系よくわかんないよ」
「俺のやつは、伝えたいこととか思想とかないから大丈夫。ただきれいとか、なんかすごそうとか、そういう感じのやつだから」
抽象的な答えだ。見た目がひょろりとした髪の毛長い系男子なのに、連想されるような神経質さはない。いや、神経質な男子はこんな真緑なつなぎを選ばないか。
「それならわかるかも。行くよ」
「おっけ、来てきて」
自分の絵を描けよ、と後ろ髪を引かれたけど、人の作品を見ることでなにかつかめるかもしれないからと自分にも絵にも言って、私は高橋くんについていった。
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