ファンサービス

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「……最初にその女を見たのは、ツアーの初日、大阪公演の時でした。やっと実現した全国ホールツアーのしかも初日ということで、かなり気合が入っていたのを覚えています。この日のためにたくさん練習した甲斐があって、歌もダンスも最高のパフォーマンスをすることができました」  唯斗の話に相槌を打ちながら、大阪公演のことを思い出す。つい1ヶ月前の出来事なのに、なんだか遠い昔のことのように思えた。 「そして、ライブの中盤、『夢色story』の間奏パートだったと思います。この曲は間奏が長いので、そのタイミングで出来るだけファンサをするようにしてるんです。ファンサうちわ、あるじゃないですか」  その言葉に、黙って頷く。「ファンサうちわ」とは、「手振って♡」「投げチューして♡」などのメンバーへのリクエストが書かれた手作りうちわのことだ。グループによって会場に持ち込める応援グッズには決まりがあるが、ハニプリのライブはうちわ・ペンライト・タオル全て持ち込みOKで、比較的制限がゆるい。そのため、うちのファンは気合が入った手作りうちわを持ってライブに参戦する子が多いのだ。 「それで、ステージの下手(しもて)側から奥の方へ移動しながら、ファンサうちわのリクエストにこたえていきました。『指さして♡』と書かれたうちわを持った子には、マイクを持ってない方の手でまっすぐ人差し指をさして、『バーンして☆』と書かれたうちわの子には、指でピストルの形を作って撃つフリをして……」  当たり前のように彼はそう言うが、別にファンのリクエストに答えることは義務ではない。実際、グループの中にはファンサービスというものをほとんどしないメンバーもいる。にも関わらず、唯斗が律儀にファンの期待に応えようとするのは、彼の真面目な性格と持ち前のサービス精神ゆえだろう。ハニプリファンの間で密かに「ファンサ王子」と呼ばれているだけある。
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