ファンサービス

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「……それで、ステージの端までたどり着いたとき、最前列の一番端っこにシンプルなうちわを持った女性を見つけました。ほら、ファンの女の子って、みんなすごく凝ったうちわを作るじゃないですか。遠くからでも見えるように蛍光色で文字を囲ったり、空いてるスペースにイラストや写真を貼ったり、うちわの外周をぐるっとレースで飾りつけたり、持ち手の部分に可愛いリボンを巻いてみたり。みんな器用だな〜って毎回感心しちゃうんですけど、その女性の持っているうちわはとてもシンプルでした」 「黒地のうちわに、白のインクでひとこと、『こっちをミて』……そう書かれていました。お世辞にも綺麗とは言えない、油性ペンの太めのペン先で雑に書き殴ったような文字です。よほど不器用な人なんだろうなと思いながら、さほど気にも留めず、その女性に向かって笑顔で手を振りました。白い長袖のシャツに、デニムパンツを履いていて、腰ぐらいまである長い黒髪が印象的でした。顔は……よく覚えていません。ステージからでも最前列のファンの顔は結構よく見えるんですが、なにせ一瞬でしたし。手を振り終わる頃には曲の間奏が終わろうとしていて、俺の意識はすでにライブの方に戻っていました」  一旦そこで話を区切ると、唯斗は大きく深呼吸した。今のところ、彼の話におかしな部分は見つからない。俺は内心首をかしげながらも、黙って続きを促した。
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