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「次に、名古屋公演がありました。そこにもまた、例のさゆりは来ていました。黒いうちわには、真っ白い文字で、『みつケタ』と書かれていました。そして俺はその時、恐ろしい事実に気づいてしまったんです。。別にそれだけならおかしなことじゃありません。全公演のライブに来てくれる熱心なファンは珍しくないですし、ハニプリのライブはそこまで倍率が高くないので毎回チケットを取ることも難しくありません。でも、座席指定のホールコンサートで、毎回同じ座席が当選するなんてありえるでしょうか。彼女はいつも決まって最前列の一番端っこにいました」 「しかもライブ中よく目を凝らして見てみると、彼女は座席の前ではなく通路に立っていました。座席指定のライブであっても、基本的に開演して1曲目が始まったら、みんな自分の座席の前に立って最後までスタンディングでライブを見るじゃないですか。だから気づかなかったんです、彼女の後ろには座席がありませんでした。でもチケットを持ってない人が入場できるわけがない。それに、通路にはみ出して立っているファンがいたら、すぐにスタッフが注意しに行くはずです。もしかして、あの女は俺にしか視えてないんじゃないか……そんな考えが頭をよぎって背筋がゾッとしました。動揺のあまり、途中何度か振付を間違えてしまって……本当に、名古屋公演に来てくれたファンの人たちには申し訳なかったです」  そういえば、そうだった。名古屋公演では歌もダンスも完璧にこなす優等生の彼にしては珍しく、ミスをする場面が目立った。アンコールが終わって舞台袖に戻ってきた際、そのことについて何か言おうかとも思ったが、彼の表情を見てそっと肩を叩くにとどめた。本番で実力を発揮できなかったことは、きっと本人が一番悔しがってるだろうと思い、あえてそっとしておいたのだ。実際、その後の札幌公演ではまたいつもどおりの完璧なパフォーマンスを魅せていた。
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