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互いに銃を突きつけ合う。
目の前には、今しがた盛大に転んだ同業者。
そう。
俺も、盗みのプロ。
だからこそ、黙っていられない。
「いやいやいや。ねぇわ。まじでねぇわ。仕事中にあんな派手に転ぶとか。まっじでねぇわ。」
「うるっせぇな!!転んじまったもんはしょうがねぇだろ!!!オレだって転びたくて転んだんじゃねぇって!!!」
「しょうがないで済むわけねぇだろ!!新人でももうちょっとマシなミスするわ!!!」
そんな言い合いをしながら、いまの状況を見る。
相手も俺と同様、こちらに銃を構えてはいるものの、発砲する素振りを見せないあたりプロだ。
本物の泥棒というのは、殺しをしない。
「盗む」ということこそが、俺たちの仕事であり、いかに、気づかれずかつ証拠を残さず仕事をやり遂げるかどうか。
盗みに入った家で家の住人と(または通行人等と外で)出くわし焦ってズドン。またはグサッ。または…。
そんなのは、本物の泥棒ではない。
あんな愚か者のことを考えれば、目の前の男は「泥棒」という職の本質を理解しているようだ。
銃はあくまでも相手に主導権を握らせないために。
俺もこいつも、銃を「向けているだけ」だ。
とりあえず、話はできるやつのようだから、相手の情報を得よう。
「はぁ…まあ、もういいや。とりあえず、お前どっか所属してんの?」
「いいや、所属はしてない。フリーでやってる。」
「フリーかぁ。どっかに所属してたらちょっとは楽だったんだけどなぁ。…まぁ、俺もフリーでやってるけど。」
「てか、お前も同業だったのかよ…。どおりで調べてもろくに情報出てこねぇわけだ。」
俺たち泥棒には大きく分けて2種類ある。
「事務所」に所属し、事務所が受けた依頼を請け負う者達、もう1つは「個人」で仕事を請け負う者達、いわゆる「フリー」の泥棒だ。
俺とこいつは「フリー」の泥棒で、依頼主によっては仲介人を通すこともあるが、基本的には自分で仕事を請け負っている。
面倒も多いが、自己流でやれるし、何より仕事をある程度選べるのは良い点だ。
「それで?お前『名前』は?…そのマスクも外せ。」
「はぁ?なんでお前にそこまでしなきゃなんないんだ?さすがに『名前』なんてデケェ情報渡すほどバカじゃないぜ?」
「『名前』が他人に知られると不味いってのは分かるんだな。仕事中に転ぶくせに。」
「しつけぇな!!それについてはもう十分詰ったろ!!!はぁ……仕事は失敗でいい。それで殺されるようなヤベェ依頼じゃねぇしな。」
「いや、お前をこのまま返すわけにはいかない。…寝室にまでお前を入れてるし。リビング通ってきたんなら、部屋中ざっと目を通して来たんだろ?」
そう言うと、やつは「まぁ…そりゃな。」と歯切れ悪く言った。
リビングを通って寝室まで来ている時点で、家の中はほとんど見られてるはずだ。
寝室まで来たということは、目当てのものはリビングにはなかったのだろう。
だが、泥棒の「家」なんて、知られたら困るものだらけだ。
一般人は気づかなくても、同業者なら話は別。
どれがどこからの盗品か、どこに「何か」が隠されているかなんてある程度察しがつくだろう。
「…じゃあ、ここまで入れなきゃよかったろ?オレがベランダに上がってきた時点で、お前はもう気づいてたはずだ。」
確かに、その通りだ。
わざわざこいつが寝室に入って来るまで待たないで、ピッキングされている間にベランダの窓まで行って銃を向ければ良かったんだ。
「…確かに、その通り。なんなら、俺がここから移動する必要もなかった。ベランダの窓に電流が流れるスイッチもここにあるし。」
「はぁ?!んなもんまでついてんのかよあの窓!!やらしい細工してんなとは思ったが、お前ほんと嫌なことしてくれるな!!」
「そう!そこなんだよ!」
「は、はァ?」
「会ってみたかったんだ。俺の家の窓を開けられるヤツなんてそういないからさ。」
『俺の家の窓』は普通じゃない。
当たり前だ。
ここは泥棒の家。
ここにある依頼品を狙う泥棒だっている。
さらに言えば、俺はフリーでやってるから、抱えている情報も様々だ。
簡単に他の同業に開けられては困る。
最も危険な時間帯、「泥棒」の時間である夜は仕事でほとんど家を空けているため、俺が直接どうこうすることもできない。
そのために色々と「細工」してあるのだが、今まで俺の家の窓を開けられた者は誰もいなかった。
まあ、そうでないと困るのだけど。
それをこいつは開けて見せた。
転んだのは最悪だが、ピッキングの腕は確かに優秀だ。
俺よりも上手い。
『──ぜひ会って欲しい泥棒がいるんだ。きっと君も気に入ると思うよ?』
物腰柔らかな、胡散臭い馴染みの仲介人の顔が浮かぶ。アイツがそこまで推すヤツなら会ってみたかった。
「じゃあ、俺も名乗るよ。それでどう?」
「……嘘じゃねェだろうな。そっちが先に名乗れ。」
「わかった…いいよ。」
横にある本棚に銃を置いて、名刺入れを取る。
それを見た目の前の同業者も、同じく自分の名刺入れを取り出した。
互いに、滅多に他人に渡さない名刺だ。
泥棒にとって『名前』は大きな情報になる。
だが、だからこそ、『名乗る』ことは信頼を得ることにも繋がる。
相手を慎重に選ぶ必要はあるけど。
「それじゃ、俺からね。俺の『名前』は、『夜勤』だよ。」
「オレは『徹夜』だ。」
徹夜がマスクを外しながらそう名乗った。
互いに名刺を交換したその瞬間。
バンッッと半開きだった寝室の扉が勢いよく開かれると同時にでかい声が響き渡った。
「遅おおおおい!!!!どれだけ僕を待たせる気だ!!!!」
フンッと仁王立ちしてこちらを見る、知らない男。
いつの間に俺の家に入ってきたんだ。
俺も徹夜もこいつが寝室に入って来るまで、この男の気配に気づかなかった。
プロの泥棒2人に全く気配を察知されずに、ここまでやってきた男に、俺と徹夜は顔を見合わせる。
俺と徹夜は声を揃えて言った。
「「また同業者かよ!!!!!!!」」
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