第2章ー嘘も方便、下卑た雄弁ー

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一人残されたタスクは扉を見つめ続ける。 救われたという事実が、未だ心に戸惑いをもたらしている。 ぶっきらぼうな人であったが、優しい人間である事は困惑した思考でも理解できた。 タスクはベッドから降りて、机の上を見る。 乱雑に書類が置かれ、飲み終えたカップがまだ僅かに珈琲の香りを漂わせている。 部屋の隅には、大きめのバッグが無造作に置かれていた。 不用心な人だと思った。 その机の書類へ手を伸ばした時、感じた事の無い寒気が全身を襲っていた。 体は硬直し、勝手に冷や汗が浮かんでくる。 まるで喉元にナイフでも突き付けられているようだ。 「何かを盗もうなんて考えない方が良いよ」 姿は見えず、ただ耳元に声が響く。 「若はお優しいから許すかもしれないけど、僕は容赦はしない。『追尾術式(マーキング)』はしてるから、逃げても無駄だよ。若に迷惑をかけなければ、僕も何もしない。良く覚えておいて」 声が消えると、全身を支配していた寒気も消えた。 タスクは力が抜けてベッドに座る。 少しずつ和らいでいく恐怖の中にいると、コンコンと扉がノックされた。 「食事をお持ちしました」 扉の向こうから声が聞こえて、「は、はい」と返事をする。 扉が開いて、「失礼します」と猫耳を生やした男性が入ってくる。 「こちらで大丈夫ですか?」 タスクは無言で頷く。 男性は机の上にお粥のような料理が並んだお盆を置き、空のカップを取る。 「いやぁ、お優しいご主人ですね」 「、、、え?」 「あなたが起きたばかりだから、消化に良いものをと態々仰有ってましたよ」 タスクは視線を右往左往させて頷く。 「食事は終えましたら部屋の外に置いてください。では、ごゆっくり」 男性はニコニコとしながら出ていき、扉を閉めた。 タスクはベッドから降りて、椅子に座る。 温かな料理から湯気がたち、空腹を誘う香りが鼻をついた。 タスクはお盆の端にあるスプーンを取って、ゆっくりと掬った。 静かに息を吹き掛けて冷ますと、口へ運ぶ。 「、、、美味しい」 思わず呟いた。 次には、「グスッ」と鼻を啜る。 視界がボヤけていた。 「美味しい」 また呟いて、少しずつ口へ運ぶ。 途中からしょっぱさが増していたが、タスクは今まで食べた物の中で、一番美味なものだと思った。 それは、初めてだったから。 初めて、味というものをしっかりと感じて、食事をしたからだった。
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