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不服そうなケリスを扉から外へと追い出して、少年は溜め息。
何度も深呼吸をして、顔を上げる。
そうして、また姿鏡の前へと立った。
「やっぱりそうだ。間違いない」
鏡に近付いて、己の顔をまじまじと見つめる。
「こいつは、クロム・ノックハートだ」
自分をクロムと呼び、頭を抱えた。
理解不能。
なれど、二つの記憶がある。
一つは目の前の、クロム・ノックハートとして暮らしてきた幼少からの記憶。
そして、まるで"思い出した出来事"のように鮮烈に甦った記憶。
それは、前世とも呼ぶべき記憶。
日本という国で暮らし、齢を18にしてその世を去った『黒田慎一』としての記憶だ。
驚くべきは、"現在"の己だった。
このクロムという人物を、己は良く知っている。
何故ならば、慎一であった己が死ぬ間際までハマっていた『ブラックレイン』というゲームのキャラクターだったからだ。
「どういう事なんだ」
言いながらも、理解は追い付いて来ていた。
慎一だった自身の友人が、アニメや小説で転生という物にハマっていた。
それと同等の事態が今、目の前で起こっている。
困惑はまだあれど、整理をしていけば落ち着いてきていた。
有難い事に記憶が少年を順応へと導いていたからだ。
何も無いままであれば現状を理解するには程遠く、混乱の極みに達していたかもしれない。
けれどもクロムという記憶が、前世との解離を明確に分別し、情報として脳内へ落とし込む事を可能にしてくれた。
次第に浮かび上がるのは、どうするかという思考。
「元の世界に帰る方法を探すか?」
いや、と首を振る。
きちんと肉体との死別の記憶が残っている。
死んだ身の上、帰って来られても幽霊としての扱いをされるだけだ。
そもそも、帰る方法があるのかも分からない状況下では、今時間を割くのは愚策である。
「この世界で生きていく、しかないのか?」
夢オチならば良い話であるが、少なくとも現実味のある感覚が、夢でない事を示唆している。
なればと考えた時、とある記憶が過った。
見つめていた鏡の中の己の顔が、みるみると青ざめていく。
「待ってくれよ。いや、俺、死ぬじゃん」
言葉は己に真実を突き付ける。
何を隠そうこのクロムというキャラクター。
物語の中盤で、主人公である【勇者】一行に破れ、死ぬ運命なのである。
「冗談じゃねぇぞ」
クロムは唇を噛む。
前世の己は、病気で衰弱し死を受け入れる他無かった。
ここで生まれ変わって、またその運命に翻弄されるのか。
「先ずは状況を把握しねぇと」
兎に角今はと、クロムは鏡に布を被せた。
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