第2章ー嘘も方便、下卑た雄弁ー

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風がヒョオヒョオと鳴いている。 真っ昼間というのに、上空の風は底冷えする程冷たかった。 (厚着してくりゃ良かったなぁ) クロムは後悔をしながら、己を運ぶそいつを見下ろす。 見た目は竜で、体長は3メートルほど。 身の丈の何倍もある翼をはためかせるは、ワイバーンと呼ばれる魔物。 硬質的な緑色の体皮に、金色の目は縦にまばたきを繰り返している。 その目が嬉しそうに爛々としているのは、自由気ままに空を飛べるからだろうか。 思考の中でクロムは、自身が座る鞍を見た。 自分とそれを繋ぐ命綱などはなく、当たり前だがシートベルトなんてものも無い。 唯一あるのは、股の間から突き出ている鉄の突起だけ。 それを掴んで落ちないようにしろと言いたいらしい。 「もう少し人間への配慮をしてほしいもんだな」 クロムは遥か向こうの山々を眺めながら呟いた。 「落ちたら死ぬぞこれ」 クロムが言うと、ワイバーンが「キエー!」と鳴く。 「ボーグ、何て言ってんだ?」 クロムは鞍に少しだけできた自分の影を見下ろして言う。 「「その際は私目が命に代えても若をお救い致します。ジェイルバッハです」って言ってる」 「野心駄々漏れじゃねぇか」 クロムは笑う。 「気に入った。けど名前なげぇな。ジェイルでいいか?」 クロムが言うと、「クワッ!」と両目を見開き両翼を大きくはためかせてワイバーンが鳴く。 「「名を呼んでくださるとは何たる光栄。このジェイルバッハ、若の為ならば世界の果てまでも飛んでみせましょう」って言ってる」 「「クワッ」にそこまでの情報ぶちこめんのかよ」 クロムが笑っていると、「ねぇ、若」とボーグが呼んだ。 「何だ?」 「どうしてこんな指令受けたの?」 問いにクロムは閉口した。 「前の若なら、受けたとしてもこんな回りくどいやり方は選ばなかった。と思う」 「変か?」 「変、、、だけど、賢いと思う。前はもっと真っ直ぐで、変に勘繰ったりせずに言われた事をやってた感じ」 少し寂しげなニュアンスに聞こえて、クロムは沈黙してしまった。 しかし黙り続けるわけにもいかないので、微笑んで影を見下ろす。 「前の愚直な俺が好きか?」 「、、、ううん。どっちも好き。前はただカッコ良くて、今は、優しくてカッコいい」 「どっちも好き」というボーグの言葉に、クロムは嬉しさを感じた。 「バーカ、褒めても何もでねぇぞ」 そう言うクロムの顔は、今朝感じていた侘しさを消して溌剌な物へと変じていた。 瞬間にジェイルが「キエー!!」と鳴く。 「うるせぇぞジェイル!つうかてめぇ鳴き方鳥じゃねぇか!もっとドラゴンっぽく鳴け!!」 「クワッ」 「「無茶言わんでくださいよ。若」だって」 クロムは呆れ混じりに項垂れながら、「本物のドラゴン飼うのもありだな」とわざとらしく言って笑った。
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