第2章ー嘘も方便、下卑た雄弁ー

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タスクが目を覚ますと、珈琲の香りが漂っていた。 体に痛みがある。 けれども、気を失う前の耐え難いものではなかった。 それどころか殆どの痛みは引いている。 温もりにあるなかで視線を向ければ、ベッドの近くで小さな机に向かって書面とにらめっこをしているクロムが居た。 クロムは視線に気が付いたのか、ふいにこちらを向いた。 「起きたのか?」 「、、、ここ、は?」 視線を周囲へ振り撒いて困惑するタスクに、クロムは「俺が借りてる宿だ」と微笑んで答える。 「体は痛むか?」 クロムの問いに、上半身を起こしながら「少しだけ」とタスクが返す。 クロムは顔をしかめて頭を掻いた。 「悪いな。治癒魔法は使えねぇんだ。代わりに自己回復力を高めたんだが、効果が薄かったか。改良の余地ありだな」 クロムは立ち上がり、自分の椅子の腰掛けにかけてあった服を取るとタスクの前に放り投げる。 「取りあえず着替えろ。それじゃ寒いだろ」 クロムはそう言って背を向ける。 「出ていった方がいいか?」 「、、、ううん。大丈夫。あり、がと」 言葉を少し拙く、タスクは着ていた麻布を脱いで渡された服へ着替える。 クロムは背を向けたまま、「俺はクロム・ノックハートだ」と名を名乗る。 タスクは「あ、、、」と小さく言って、「オイラは、タスク」と答えた。 クロムは「そうか」と頷いた。 タスクはそこで、己の腕輪と首輪が無くなっている事に気が付いた。 困惑が漸く理解へと及ぶ。 「、、、助けてくれたの?」 何とはなしに覚えていた。 気を失う直前、大きな足の隙間から向こうの路地の外に、クロムに似た人間が立つ光景があった。 「勘違いすんな」とクロムは振り返る。 「俺は善人じゃねぇ。飯を食ったらとっとと出ていけ。ルームサービスは頼んでおく」 言いながらクロムは外を見る。 太陽は沈みかけで、既に街は暗がりに包まれている。 「今日は泊まれ。明日だ。明日の朝、出ていけ」 クロムが言うと、何処からか「ブフッ」と吹き出す笑い声が聞こえた。 クロムは自分の影を睨み、「まぁ良い」と扉へ向かう。 「てめぇが起きるまで待ってただけだからよ。ちょっと出てくる。飯は宿屋の主人に頼んでおくから、ちゃんと食えよ?」 クロムは言い残すと、まるで逃げるように部屋を出ていった。
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