1-15. 水底で待ってる。

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 夫の素っ頓狂な話を素直に受け入れて、妻は青みがかった瞳を潤ませる。 「――あやねえ、さま……」 「彼女は『あの夏の日、水底で待ってる』という言葉を残していったが」  有弦の言葉にうんうんと頷いて、音寧はぽろりと涙を零す。 「……それで、大正十二年の夏、帝都。そういうことでしたか。ここにきてやっと、時が味方したのですね。破魔のつながりを感じます――あやねえさまが、ようやく道を見つけたのですね!」  すくっと立ち上がり、別人のように颯爽と走り出す音寧を前に、有弦は愕然とする。見たことのない彼女の動きを有弦は予測できずにいた。裸足のまま四阿を飛び出し冬薔薇の花弁を散らしながら、舞うように疾走する音寧はもはや、有弦ではないなにかに向かっている。死んだ姉の面影を追い求めるかのような彼女の思いがけない行動を止めようと有弦が目にしたのは。 「何をする、おとね――……!?」  まだ冷たさの残る観鏡池へと身を躍らせ、水底へと、沈んでいく――悪夢のような光景だった。
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