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くらり、と眩暈がしたが、姿勢をただし毅然としたまま、音寧は目の前の男性を見据える。
けれども彼が次に告げた重たい言葉に、強がっていた表情は青ざめてしまう。
「貴女の家族には支度金として準備した金を渡した。人買いのような真似をして申し訳ないが、これもご隠居の命令だ、素直に従ってくれ」
「……な、なに、それ」
「岩波山の危機を救えるのは時を味方にするという時宮の姫君のちからが必要なのだ。たとえ縁を切られようがその身体に流れる貴き血は変わるまい。邸では丁重にもてなす、それに貴女が岩波有弦の妻となれば、静岡茶を帝都へ融通させることはもとより、海外輸出でも桂木農園の茶葉を優遇することが可能になるだろう……悪くない取引だと思わぬか」
「わ、わたしはただの桂木の娘とねです! いまさら時宮の姫君として迎え入れたところで、有弦さまが求めるような結果が生じるとは思えません」
「それでも俺には貴女が必要なのだ。頼む……っ」
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