1-16. 時翔る花嫁は初恋の君

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   * * *  結局、具体的な話は何一つ教えられないまま、鏡の向こう――大正十二年の文月に有弦の妻は行ってしまった。綾音は『こっちの世界と向こうの世界は時間の流れが違うから、ひと月もかからないと思うわ。愛する妻を閉じ込めつづける演技でもしてなさいな』と言って鏡から姿を消したし、音寧も――…… 『有弦さま』 「おとね?」 『わたし。大正十二年の夏、帝都に来ました!』 「……そう、だな」 『すこしだけ歴史を変えて、いまの有弦さまの初恋を成就させて来ますね』  その言葉に、有弦はハッと我に却ってつよく頷く。  彼女は覚えていなかったわけではない、実際に過去の自分とめぐり逢っていなかっただけだったのだ。  ここにいる未来の有弦が既に体験している、あの、甘くてほろ苦い初めての恋。  これから、有弦と音寧は資ととねとして……恋に堕ちるのだ。  日本軍を退役して不安定になっていた彼を支えてくれた彼女は奇跡を起こす。  その奇跡こそ、綾音が音寧へ破魔のちからを譲渡したことで起こる副産物――……  そこで生まれた浪漫す(ロマンス)は、震災によって一度断たれてしまうけれど。
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