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西洋の騎士のように跪いて、薄汚れた茜たすきとかすりの着物を着た音寧をあくまで姫君のように扱おうとする有弦を前に、「おやめください!」と悲痛な声をあげたのは、ふたりの様子を遠くから見つめていた養母、わかだ。
「とね、これはありがたいお話です。あなたのためにも、お受けなさい」
「……おかあさま」
既に有弦は桂木の養親に話を通しているのだ。いまさら音寧がひとり拒んだところで、覆ることはない。それに、彼がいう取引は、桂木農園全体の運命も揺るがしかねない大きなものだ。
音寧は有弦に差し出された手をおそるおそる両の手で掴み、自身の胸元へ引き寄せて、恥ずかしそうに、こくりと頷く。
「承知、いたしました。慎んで、お受けいたします……」
自分とは暮らす世界の異なる素敵な男性に、真摯に自分のことが必要だと懇願されて、嬉しくなかったといえば嘘になる。
「――ありがたき、しあわせ」
心底安堵して音寧の前で破顔した彼を嫌いになどなれそうにないとその場で悟ってしまったのだから。
たとえ死んだ姉に代わって彼の花嫁に迎えられるのだとしても……
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