261人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
ときは大正十三年、秋。
相模湾を震源とした巨大地震が帝都を襲った大正十二年九月一日の悲劇からようやく一年が経ち、被災した多くの人間が復興に向けて本格的に動き出していた。
震災当時静岡で暮らしていた音寧も大きな揺れに見舞われたが、家具の散乱によってお気に入りの食器が割れた程度で、かすり傷ひとつしなかった。だが、震源地に近い横濱をはじめ、東京の一部は壊滅的被害を受けていたことを知った。なかでも震災直後に発生した薬種問屋からの火災によって日本橋一帯が焼け野原と化してしまったとか……
それゆえ、かつて自分が暮らしていた時宮の邸宅が倒壊、全焼し、生みの父と双子の姉が亡き者となってしまったことを養親から報されても、音寧は信じられずにいた。
「あやねえさま……」
双子の姉、時宮綾音は由緒ある公家華族の末裔として遺された正真正銘の姫君だった。
同じ日の同じ時刻に生まれた双子だが、綾音と音寧の父親は双子は不吉だと言って音寧の存在を無視しつづけていた。病弱な母は音寧を可愛がってくれたが、十歳のときに死んでしまった。
最初のコメントを投稿しよう!