2-05. 岩波資という名の男

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 麹町迎賓館、通称“第二鹿鳴館”。  五年前に東京府麹町区に建設された小さいながらも存在感のある西洋風の建物の役割はあまり知られていない。表向きは海外からやって来た賓客をささやかにもてなすための宿泊施設となっているものの、実際のところは外交だけでなく大企業同士が取引を行うための密会の舞台となったり、帝国軍のアジトとして提供されるなど、裏の顔も存在している。両方の顔を知る人間たちは、いつしかこの建物をかつて栄華を誇った鹿鳴館を揶揄するかのように、第二鹿鳴館という名称で呼ぶようになっていた。  今回は帝国軍のツテを利用して、異能持ちの姫君を匿わせるため老舗茶商の岩波山四代目有弦の倅ーー傑が金を積んだのだという。かつて軍が利用しようとしていた時宮の娘をあっさり盗み出した彼がなぜふたたび第参陸軍の上層部と組んでこのような戯れに興じているのだろう。  同じ父親から生まれたというのに、彼が何を考えているのか理解できない資である。 「そのうえ、よりによって俺を指名しますか、異母兄上(あにうえ)どのは……」  蝉の鳴き声を背に、濃紺の軍服姿で左目に黒い眼帯をつけた青年が苦笑を浮かべる。
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