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「貴女はやさしい女性ですね。俺は岩波山の罪の子として蔑まれ、陸軍学校に追いやられて軍人になったはみ出し者なのに……」
「資さま……」
「傑はやると言ったらなんでも実行する男でね。ほんとうに綾音嬢を盗んでいった。俺が監視していることを知りながら、掻っ攫っていきやがった」
彼には敵わないんだよと笑って、資は音寧を見つめる。
傑が綾音を鮮やかに盗み出し、既成事実をつくって彼女の父親を説得させ、軍の人間にも金を積んで黙らせる手腕は呆れるほどに見事だったという。そこには傑に一目惚れした綾音が彼のために破魔のちからを捧げたからだとも言われている。
そんなわけで資は異母兄に婚約者候補の華族令嬢を奪われた悲劇の男性として、かなり憐れまれたらしい。けれども資はそこまで悔しくはなかったな、と強がりにも似た言葉を紡ぐ。
「……俺に貴女を護衛させるようけしかけたのは、彼なりの罪滅ぼしなのかな?」
「わかりません」
「それで、帝都にはいつまで滞在する予定? 異母兄上たちは何も言っていなかったけれど」
言いたいことを言えて満足したのか、資はするりと話題を転じ、音寧に問う。
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