1-03. 岩波山の五代目有弦

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 遠目に見えた浅草十二階――凌雲閣(りょううんかく)は途中で折れ曲がり、隅田川沿いには大火から逃れるために飛び込みそのまま溺死したであろう女たちの無残な姿が流れている。あちこちに遺体の山が積み上げられ、身元を求める立て看板が無造作に置かれていた。日本軍に所属していたときに見た死体とは異なる、自然災害によって築かれた老若男女の成れの果てのなかに、自分の父親と異母兄がいるかもしれないという現実を前に、気が狂いそうになる。それでも資は徒歩での南下をつづけた。三代目の命令に従う、ただそれだけのために。  資はおよそ一週間をかけて深川の工場と日本橋本町の岩波山跡地を辿り、祖父の元へすごすごと戻り、見てきたことをすべて伝えた。死んだ魚のような瞳をして。 「――この世の終わりです」
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