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綾音から破魔のちからを返してもらうことで、有弦との間に岩波山の後継者を為すことがそもそもの目的である。特殊な任務についていた軍を退役したばかりの彼の身に深入りしたところで、自分は何もできないのだ。
それならば、身体だけの契約を結んで、ひと夏のあいだ爛れた関係に溺れてしまえ。そして何食わぬ顔で精液を溜め込んで元の世界に戻ればいい……どうせ震災でこのことを知る人間は死んで、資も姫の存在など音寧と再会するまで忘れてしまうはずだから。
心のなかの甘言を受け入れるべく、音寧は唇をひらこうとした。
けれども、それは資の指に遮られて、言葉にならなかった。
「うそつきな唇だな……」
「!?」
音寧の柔らかな唇を諭すかのように資の指がちょこんと乗せられている。
どうして彼は嘘だと言い切るのだろう。さきほどまで自分は未熟な童貞だと仔犬みたいな表情で途方に暮れていた姿からは想像できない、凛とした男の姿がそこにある。
混乱する音寧を眇めていた資は、そのまま指先を下ろし、小声で囁く。
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