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これは二代目以来つづいている岩波山特有のしきたりで、有弦の名を継ぐ際に隣に人生を共にする花嫁を迎えることが襲名の条件となっているからだ。祝言を挙げ次の後継者を産み落とすことで周りから認められ、老舗の矜持も保てるというわけだ。
だが、生まれた頃から次期有弦を継ぐことが決まっていた傑と異なり、昨年まで日本軍に所属していた資はそのような事情を知らない。軍人時代に縁談をほのめかされたことはあったが、退役によって話は半ばで途切れてしまった。岩波の家に戻ったものの半端ものである自分に結婚の文字は重く、場違いなものだ。
祖父の説明を受けた資は自分に相応しい花嫁などいるわけがないと自嘲する。
「まぁそう言うでない。時宮の家との繋がりは、まだ切れていないのだ」
「……はい?」
「時宮の姫君と呼ばれて久しいのは綾音嬢だが、もうひとり、忘れ去られた姫君がおるのだよ」
それも茶どころ静岡に。
どういうことだと首を傾げる資に、祖父はにやりと笑い、うたうように小声で呟く。
「ほんのむかし、時宮の双子令嬢と呼ばれる姉妹がおってな。ひとりは帝都を咲き誇る薔薇となった綾音嬢だが」
「え、薔薇……?」
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