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無言で音寧を見つめていた男――征比呂は傑の声で我に却ったのか、瞳を瞬かせ、こくりと頷く。
「あぁ。驚いたよ……」
それだけ言って、ふたたび音寧に視線を戻す。あからさまな彼の態度に困惑する音寧を見て、資が傑を睨みつける。
苛立ちを隠さない資を見て、傑は面白そうに音寧に告げる。
「こちらは秋庭征比呂。俺の幼馴染で、日本橋本町にある薬種問屋黄桜屋の倅」
「薬種問屋……?」
「綾音から訊いたけど、姫は異能を発揮するために“精力”を高める必要があるんだろう? 資ひとりに任せるのは不安だから、手伝ってやれって」
「断る」
傑の言葉を一刀両断した資は、そう言って音寧の姿をふたりの前から隠してしまう。傑が会わせたいひとがいると言うから資は渋々彼女を連れてきたというのに、目の前の男――それも綾音に横恋慕していたようなつまらない男――を彼女に充てがおうとするとは、どういうことだと憤る資に、傑がくすくす笑う。
「お前でもそういう表情をするようになったのか。別に身体を渡せと言っているわけじゃない。征比呂の店の媚薬を試してみないか、って言いたかったんだ」
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