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帰る頃には緊張がほぐれたのか、無事に商談成立して安心したのか、征比呂は音寧の前でも柔らかい表情をしていた。最初の冷たい視線は勘違いだったのだろうか。
「御用がありましたらぜひ黄桜屋をよろしくお願いしますね。素晴らしい体験をお約束しますよ!」
名残惜しそうに何度も音寧に礼をして、彼は傑とともに帰っていった。
音寧が資の表情を盗み見ると、彼は忌々しそう呟く。
「……姫にまで色目使いやがってあの薬屋」
「いろめ?」
「姫。部屋に戻るぞ」
「あ、はい」
足早に部屋に戻された音寧は、不機嫌そうな表情の資が一緒に部屋のなかまで入ってきたのを見て首を傾げる。
ふだんなら扉の前で護衛に戻る彼が、なぜ朝でも夜でもないのに一緒に音寧と部屋に入ってくるのか。
そのまま扉を閉じられ、内側から施錠までされてしまう。
「資さま?」
「――姫は感じませんでしたか?」
「なに、を……?」
嫌な予感がする。
音寧がおどおどと資の表情をうかがえば、彼は無表情のまま、彼女の腕を取り、自分の胸元へと引き寄せていく。
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