1-04. 嘆きの花嫁人形

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 出立の際に茶摘み着物から濃紺のワンピースへ着替えた音寧は、場違いな空間を前に視線をきょろきょろとさまよわせつづけている。十歳の頃まで暮らしていた時宮の家も、養女となった桂木の家も昔ながらの武家屋敷だったため、小花があしらわれた華やかな壁紙とは無縁だったし、座っている応接椅子も洒落たデザインでなんだか落ち着かない。それこそ女学校で友人たちと回し読みした『令女界』や『少女倶楽部』の絵のなかの世界だ。  ――茶商って、儲かるんだ。  静岡で桂木家の「とね」となって女学校へ通わせてもらう傍らで茶農園の手伝いをするようになった音寧だが、実際のところ静岡で栽培されたお茶がその後どのような流通経路で誰の手に渡るかまでは知らずじまいだ。茶商と呼ばれる国に認められた専門の商売人がいて、彼らが国内をはじめ世界にまで自分たちのお茶を届け、莫大な富を得ていたことをおとぎ話のように思っていたけれど……まさか自分がその豪商の奥方になるとは考えたこともなかった。きっと双子の因縁、なのだろう。
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