1-05. 祝言と監禁

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 祝言(しゅうげん)。  通常はこれから身内になる人々を前に、厳かに誓いを立てあう儀式で、新郎の家で執り行われるものだが、震災によって岩波山の日本橋本町の店舗が全焼してしまったため、音寧と五代目有弦はご隠居が暮らす西ヶ原の洋館で行った。  披露する人間もほとんどいない淋しい祝言だったが、三代目の世話をしている使用人が準備してくれた黒振袖を着せてもらったことで、音寧は身を引き締めた。  もはやここまで来たら逃げることは許されない、役目を果たすことさえできれば外に出られるのだからそう落胆する必要もない、有弦さまだって邸では丁寧にもてなすと音寧に言ってくれたのだ、子作りだってきっとやさしく導いてくださるはず……そう心のなかで強く願いながら、三献の儀と固めの杯の儀、三礼の儀に至るまで、音寧は緊張の糸を張り詰めたまま、震災で生き残った岩波山の関係者を前に五代目有弦の嫁となる証しをたてるのだった。  梅の花に蝶が舞っている刺繍がされた黒振袖は亡くなった四代目の奥方が遺したもので、いつか息子が花嫁を迎える際に着せたいと願いながら用意していたのだとか。
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