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音寧よりも年配の使用人女性が「お手伝いいたします」と一礼して有弦の前から音寧を連れて行く。
不安そうに瞳を揺らす花嫁に目配せをすれば、彼女はほんのり頬を赤らめて頷き返してくれた。
その姿を見送った資――五代目有弦は、その様子を黙って見つめていた執事の方へ顔を向け、渋い表情で鋭く命じる。
「初夜の準備を。はじめてだろうから、例の酒を頼む」
音寧が聞いたこともない凄みのある低い声音が、閑散とした応接間に響く。
獲物を狙う野獣のような新郎の、次の岩波山の主となるものの命令に、執事もまた恭しく頭を垂れて「御意に」と応じて姿を消す。
――あの娘を孕ませ、時宮の血を岩波山に混ぜるまで、けして手放すでないぞ。
隠居した祖父、三代目有弦の命令は絶対のものだ。たとえそれが犯罪まがいのことであれど。
祝言を挙げ、岩波の、有弦の花嫁となった彼女は、もはやこの鳥籠から逃れることは叶わない。
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