1-08. すれ違いの蜜夜

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   * * *  食後の甘味(デザート)を遠慮しておいて正解だった、と有弦は嗤う。  西欧で修行をしてきたという料理人が贅を尽くして自分たちのために用意した食事はどれも美味だったが、有弦からするとすこし濃厚だったように感じられた。  舌先で茶葉の産地ひとつひとつを当てる繊細な味覚を求められる有弦にとって、口のなかでほろほろと蕩けた仔牛のデミグラスソースシチューよりも旨味が凝縮された白身魚のバタームニエルの方が好印象だったのだが、会合の場にいた人間たちはこぞって仔牛のシチューを褒めそやしたのである。もし、あの場所へ妻を連れて行ったらと考えると、有弦はなんとも言えない気持ちになる。  ――彼らが興味を持ったのは、綾音嬢の双子の妹としての彼女だ。俺の妻としての彼女ではない。  綾音が仔牛のシチューなら、音寧は白身魚のムニエルだな、とふと思ってしまった。  誰からもよく思われた傑の婚約者。その一方、忘れ去られた双子の妹。  表舞台へ死んだ綾音に代わって音寧が岩波山を切り盛りしていくためには、やはり早急に子を為すことが重要だと、三代目も口にしていた。彼女ひとりでは「弱い」から、と。
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