261人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
初夜の床で失神した新妻の身体を清めながら、「有弦」と名を呼ばれた男は苦笑を浮かべる。
――俺は、有弦と貴女に呼んでもらえるような価値ある人間だろうか。
日本橋本町にて元禄期より商いを行っていた老舗、岩波山茶園。
そこの五代目主人として、彼が「有弦」を襲名したのはついさっき、音寧と祝言を挙げた直後のことだ。
いま、自分の腕のなかで無防備な姿を見せている彼女は、知っているのだろうか。
ほんとうの五代目有弦が、既に死んでしまったことを。
知っていたから初夜を恐れたと考えれば納得もいく。それでも有弦は薬酒を飲ませて、音寧を抱いた。いやだいやだと悲鳴をあげながら素直に抱かれた彼女は――まごうことなき、処女だった。
それでも、どこか懐かしさに身体が悦んでいたことは否めない。血に濡れた懐紙を手に、有弦は昏い達成感に浸る。たとえ彼女が自分以外の男を欲したとしても、もはや手放してやることは叶うまい。
有弦は乾いた笑みを浮かべ、「申し訳ない、花嫁どの」と呟く。
最初のコメントを投稿しよう!