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悟は思わず振り返り、誰もいないことに安堵して、無意識に止めていた息を吐いた。
いや、いくらなんでも考えすぎだ。
こんな誰も来ないようなビル。あの子どもがドアの開け閉めをいちいち気にしているとは限らない。
さっきの寒気は、階段下からの冷気だ。
悟は自分を落ち着かせて、また一歩踏み出した。
並んでいる3つのドアの内の真ん中。開けっ放しのドア。
ゆっくりと中を覗く。
人影は見えない。
ゆっくりと一歩、中へ踏み込む。
部屋全体を一度見渡してから、声をかけた。
「おーい、また紙ひこうき落としただろー?」
反響だけで、何も聞こえない。
随分といたずら好きな子どもだと、悟は思った。
そして、手に持っていた紙ひこうきを改めて見る。
本当に落ちてきたのだ。
紙ひこうきといえば、前へ飛んで行くものだろう。
それが、窓のほぼ真下へ落ちてきたのだ。
「これじゃ、無理だろうな……」
悟にも幼い頃、紙ひこうきに興じていたことがある。
歳の近い兄や、同級生と誰が遠くまで飛ばせるか競ったものだ。
ハリの無いよれよれの紙で作られた、不格好な紙ひこうきでは、いくら力任せに前に投げ出してもけっしてそれより先に飛んで行くことはないだろう。
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