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プロローグ
「でっ……か」
まるで城のようにそびえ立つそれを見ながら、呆然と呟く。
──薔薇ヶ須木学園。なんともふざけた名前のここは、オレの祖父の一番の親友が建てたと聞いた。
諸事情で今通っている学校、というか地元自体から離れざるを得なくなった俺に、「離れたところの山奥にあるから」と両親が薦めてくれたのがここだ。初等部から高等部まで一貫の、金持ちの子息ばかりが通う超マンモス校。初めてそれを聞いた時は「自分では場違いすぎるのでは?」と思ったものだが、今校門の前に立ってみて更にその気持ちが強くなった。
「ヤバいどうしよ、緊張してきた……」
そう呟いた瞬間、横からも「でけー!」と声が聞こえてきた。驚いて横を見ると、そこにはボサボサの黒髪で、大きな眼鏡をかけた小柄な男の子が一人。中々見ない格好だなと思わず凝視していたところ、向こうもこちらに気づいたのか、オレのほうへ顔を向けてすぐ「へっ?」と間の抜けた声を漏らした。そしてそのまま、オレをまじまじと見つめてくる。
「……も、もしかして……お前も転校生か?」
問いかけに反射的に頷く。そうすると少年はぱあっと安心したように表情を緩め、大きく開いた口から八重歯を覗かせた。
「まじかー!俺ひとりかと思ってめっちゃ不安だったんだよ!この学校超デカいし!」
「わかる。城かと思ったわ、こっから噴水見えるし」
「だよな!?噴水ある学校とか実在すんのかよって感じ!……あっ」
こちらに歩み寄りつつ、肩の力が抜けたような明るいトーンで話していた少年が、突如ハッとして立ち止まった。
「俺、桜庭春希!一年なんだけど、たぶんお前もそうだよな?」
「そうそう、オレも一年。中谷直也、よろしく」
オレの返事に少年、こと桜庭くんは「よかったぁー!」と胸を撫で下ろしている。オレの方、桜庭春希なんてキラキラした名前の後に平凡すぎる名前を名乗ってしまい、若干恥ずかしくなっていたが。いい名前だけどね。
「あのさ、転校生同士友達になんねえ?……あ、嫌ならいいけど!」
恐る恐るといった様子で呟いた後、桜庭くんは慌てて後半の言葉を付け加えた。わたわたとした仕草は、小柄なのも手伝ってなんだか可愛らしく見えてしまう。
「いやいや、嫌なわけない。オレ友達いないからめっちゃ嬉しいわ」
「えぇ……いないことないだろ?」
「そういう悲しい人間だっているよ、オレとか」
遠くの空を見つめてみると、桜庭くんは何やら気まずそうな顔で黙ってしまった。新しくできた友達と早速こんな雰囲気になるとは。
「……っていうのは置いといて、じゃあ、春希って呼んでもいい?」
「え、あ、おう!じゃあ俺も直也って呼ぶな!」
「オッケー、これからよろしく」
そう言って手を差し出すと、春希は一瞬躊躇ってからその手をしっかり握ってきた。小さな手なのに、意外にも力は強い。
「そういえば、オレらっておんなじクラスなのかな?」
「え、分かんね。てか案内の人?いなくね?」
「ほんとじゃん。自力で職員室まで辿り着けってことか……」
「さすがに鬼畜すぎるだろそれは」
まず校舎までの道がこんなにも長いのに、と春希が追加でツッコミを入れたところで、視界外だった右方向から人影がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「いやー悪い悪い、遅くなった。靴下片っぽ見つかんなくてさぁ」
現れたのは、なんというかいかにも遊び人風の……髪型も服装もド派手な長身の男だった。すげえ、学校でヒョウ柄のシャツ着てる人なんか初めて見た。
ツンツン跳ねた赤茶色の髪が目を引くその男は、オレたちの前まで来ると、いかにも軽いノリで話しかけてきた。
「よっ、お前らが転校生だな?オレはお前らの担任の松崎涼真。精々敬うように」
担任。その言葉を聞いて、思わず目の前の男の頭から爪先までを眺め倒してしまった。やっぱり教師っていうかホストみたいだな……。こんな人が教卓に立ってたら授業に集中できなさそうだ。
「お前らのことは教室で聞くとして……。ほら、案内するから着いてこい。自己紹介のセリフ考えとけよ」
ふさふさとしたポニーテールを揺らし、松崎先生はオレたちの前を歩き始める。それに慌ててついていく途中で、「やったな直也、同じクラスっぽいぞ!」と春希が話しかけてきた。そっか、確かに「お前らの担任」ってことはそうなるよな。
「うん。嬉しいな、春希と同じクラスで」
笑ってそう言うと、春希も照れたように笑い返してくる。
「おーい、ちゃんと着いて来ねえと置いてくぞー?」
後ろを振り向いた先生に急かされ、二人揃って小走りになる。
「……お前ら、仲良いんだな」
ふっと息を零しながら、松崎先生はやや呆れ気味に口の端を緩めた。
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