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「風呂上がったよー」
そう言いながら洗面所のドアを開けると、何やら身を寄せ合って会話をしていた春希と敦が揃ってこちらを向く。そしてすぐにその顔を逸らされてしまった。ちょっと傷つく。
「おっ、おかえりー!じゃあメシ食うか!」
「ああ〜、そうだな!」
「え、敦は風呂いいの?食べた後入る?」
「えっ……あ、う、うん。そうしよっかな」
「そっか」
なんとか普通に受け答えできている自分に安堵しつつ、テーブルの傍に腰掛ける。ついでにまだ濡れている髪の毛を肩にかけたタオルでわしわしと拭いた。……ふと、前髪の隙間から、二人がこちらを見ていることに気づく。
「……え、何?オレの顔になんかついてる?」
「あ、いや……。直也っておでこ隠れてると結構印象変わるんだな」
「あーね、でしょ?幼く見えるのがヤで普段は分けてんだけどね」
普段と違う姿を見られるのは少し恥ずかしい。春希にはもう何度か見られてるから平気だけど、敦は初めてだし。顔にかかる前髪を適当に分けてナイロン袋に手を突っ込むと、晩ご飯として購入した海苔弁を引っ張り出す。
「弁当食おっか」
そう言うと、二人はそれぞれ「うん」「おう!」と言いながら頷く。さっきまで妙なぎこちなさがあったものの、やはり美味しそうなご飯を目の前にすると空腹と楽しみが勝つようだ。割り箸を割る音と「いただきます」が三回ずつ響いたあと、オレたちは思い思いに四角い弁当に箸を潜り込ませていく。
「春希、三つも食えんの?」
「こんぐらい食わねーと夜に腹減るって」
……心なしか、敦と春希の距離が縮まっているように感じた。オレが風呂に入っている間にも何か話したのだろうか。だとすると、あのうだうだ考えていた時間も無駄ではなかったのかとホッとする。
「……あ、そういえばベッドなんだけど」
「え?」
少ししなっとしたエビフライを箸で掴んだところで、敦がぱっとこちらを向いた。
「春希が『俺のベッド使えよ』って言ってくれてさ。直也、春希と一緒に寝るのでもいい?」
「はっ……!?」
オレが何か言う前に春希がめちゃくちゃびっくりしてるんだが。なんで?春希が敦に「自分のベッドを使え」と言ったんじゃないのか。首を傾げていると、にっこり笑った敦が「何驚いてんだよ、自分で言っただろ?」と春希の肩を叩いている。
「泊まらせてもらうのに一人でベッド一つ使わせてもらうのも申し訳ないんだけど、俺あんま寝相よくなくてさ。いいかな?」
今度は申し訳なさそうに眉を下げながら、敦が再度尋ねてくる。
「い、いいけど……」
部屋には予備の布団なんてないし、誰かが床で寝るなんてのもできない。部屋のベッドは何故か二人で寝てちょうどいいくらいの大きさだし(何かよくない意図を感じる)、三人いて一人が客人なら元からの住人が一緒に寝るのが一番丸いだろう。
「あっあ、敦……!!お前……!!」
「俺はもう抜け駆けしちゃってるからな……春希も頑張れよ」
オレに聞こえない声で二人がヒソヒソ何か話している。ちょっと疎外感。……ともあれ、敦と寝ることにならなくて少し安心しているオレもいた。さすがにキスした相手とその日に同じベッドで、なんてことになったらオレの中の何かが爆発する予感しかしない。
「春希、オレのベッド臭かったりしたらすぐ言ってな?」
「そっ……それはそれで良いから大丈夫だ!安心しろ!!」
「何が……?」
真っ赤になって慌てふためいている春希の横で、敦が何やら笑いを堪えているような表情で口元を押さえている。よく分からないけど楽しそうでよかった。そう思いながら、大きなエビフライの丸い先端にかじりつくのだった。
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