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夕飯を食べ、それからまたお菓子やゲームを楽しんだオレたちは、日付けが変わった頃やっとベッドに潜り込んだ。春希はしばらくオレのベッドに入るのを渋っており、入ってからもずっと大人しいので、オレはやっぱり臭かったんじゃないかと睨んでいる。だとしたら凹むな。
「……春希、もう寝た?」
そう呼びかけると、目の前にある背中がビクッと跳ねる。
「ごめん、やっぱ臭かったかな」
「い、いや、そういうわけじゃなくて……」
暗い部屋の中、既に聞こえてきている敦の寝息を聞きながら、金髪のかかった白いうなじをなんとなく眺める。ただでさえオレより小柄なのに更に縮こまっているものだから、今の春希はいつもよりちんまりとして見えた。
「……お前、俺のことどう思ってる?」
「え?どうって……友達だと思ってるけど」
いつもの元気で強気な声色とは違う、静かな呟き。それに同じく声を潜めて返すと、春希の体がもぞりと回転して、真剣な表情を浮かべた顔がこちらを向いた。
「春希……?」
「俺は……お前のこと、もう友達としてだけじゃ見れない」
「え……」
動揺しているうちに、オレの手首を細い指が掴む。暗闇でも分かるほど綺麗な輝きを持つ碧眼が、すぐ近くまで迫ってきた。あ、やばい、これなんかデジャヴだ。知ってるやつだ。そう思った時にはもう、唇に柔らかなそれが押し付けられていた。
「直也……」
布団と体が擦れる音がして、春希の細い体がオレの上に覆い被さってきた。心臓が胸を突き破ろうとしているのかと疑うほど跳ねているのが分かる。この表情、この目つきをオレはよく知っている。そして同時に気づいてきた。オレの体はこういう時、大して抵抗をしたがらないことに。
「……今は、俺のこと好きになんなくてもいいから。でもせめて、男として意識してほしい」
そう言って、春希はオレの額を軽く撫でた。そして「おやすみ」と囁き、また背を向けてしまう。部屋には静寂が戻ったのに、オレの心臓はよりやかましく鼓動を刻んでいた。
──これだけで終わり?
頭に浮かんだ言葉を、枕に顔を埋めて掻き消す。
この胸のドキドキは、恋の甘酸っぱいドキドキなんかじゃない。それよりもっとたちの悪い、表に出すべきではない何かだ。
「…………っ」
布団に頭まで潜り、自らの肩を抱く。敦と春希どっちを選べばーとか、そもそもどちらかを選ぶなんてーとか、そんなことで悩めたのならまだ健全でよかった。今のオレは、いやらしいことばかり頭に浮かんできてしまう最低な奴だ。知りたくなかった、自分にこんな側面があるなんて。
この事は誰にも悟られてはいけないし、もちろんオレから表に出すなんて以ての外だ。いくら友人二人にキスされたからといって、その気持ちに応える準備も覚悟もない状態で欲望に身を委ねるなんてあまりにも不誠実すぎる。そんなイヤな奴に、オレはなりたくない。
「……早く寝よ」
誰にも聞こえないように呟く。明日からまたなんの取り柄もない一般人に戻れますように。そう思いながら、布団の中で目を閉じた。
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