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「ハッ……!!あちらにおわすは、もしかして猫ちゃんでは……!?」
放課後。なんとなく校内散策に出かけたオレは、視界の端に愛らしい猫ちゃんのお尻を捉えた。何を隠そうオレは猫派で──いや、犬も好きだな。ウサギとかもいいよな。まあとにかく小さな動物がめちゃくちゃ好きなわけで。ゆらゆら揺れる三毛猫のしっぽに誘われ、まんまと人気のない校舎裏へ迷い込んだわけだ。
──それがまさか、こんなことになるとは。
「……あ?誰だお前」
「すみません許してください」
ぽつんと置かれたベンチに寝そべっていた生徒がのっそりと上半身を起こす。その表情といったらもうザ・不機嫌で、眉間には皺が寄りまくっていた。金色の目に強く睨まれた瞬間、オレの口から漏れ出ていたのは謝罪の言葉。それを聞いた生徒は「は?」と顔を顰め、赤いメッシュの入った栗色の髪をわしゃわしゃと掻き混ぜる。
「……一年か?」
「あっはい。そうです。許してください」
「何をだよ……。つーか、オレも一年だから」
これは……「同い年だから敬語はいい」的なアレか?そう思っていいのか?間違ってない?でもこの人見るからに不良……いや、ダメだ!!何を言ってるんだオレは、人を見た目で判断するのはよくないって、春希の話を聞いて改めて思ったじゃないか。この人も見た目は派手だし表情は怖いけど不良とは限らない。よしよし。とりあえず深呼吸しよう。
「あー……そうなんだ?えっと、オレはA組の中谷。中谷直也……です」
「ふーん。……ああ、お前、うちのクラスに来た転校生か」
「うちの……えっ!?同じクラス!?」
今まで見た事ないけど……と目の前の彼をまじまじ見つめると、ぷいっと顔を逸らされた。「オレは普段サボってるからな」と欠伸をする様は、どこかオレが追いかけていた猫ちゃんみを感じさせる。
「芦屋響」
「へ?」
「オレの名前」
「あ、芦屋くん」
オレが繰り返すと、芦屋くんはこくりと頷いた。──と、その胸元にベンチの下にいた三毛猫がぴょんと飛び乗る。
「はっ!猫ちゃん……!」
「あ……?なんだ、オマエも好きなのか」
「そりゃあもう……って、お前『も』?」
思わず聞き返すと、芦屋くんは「まずい」とでも言いたげに目を逸らす。なんだ、不良かと思ってたけどやっぱり違うじゃん。猫ちゃん好きに悪い人間はいない、これがこの世の理だ。
一気に親近感が湧いてきたオレは、ベンチを指差して恐る恐る「座っていい?」と尋ねる。数秒間沈黙が続いて、ゆっくり頷いたあと、芦屋くんは脚を下ろしてベンチの端を開けてくれた。
「この子は名前あんの?」
「ああ……『あんみつ』だ」
「あんみつちゃんかぁ〜。よちよち、可愛いにゃ〜」
三角お耳の間にそっと手を乗せると、あんみつちゃんは大人しく撫でさせてくれた。めちゃくちゃかわいい。野良にしては毛並みが綺麗だし、芦屋くんが飼っているのだろうか。でも首輪とかついてないしなあ。気になったので尋ねてみると、「特定の飼い主はいねーし野良だけど、実質ここで飼われてるみたいになってる」とのこと。
「猫ちゃんがいる学校なんて最高すぎる……」
「だよな……」
オレの言葉にしみじみ返したあと、芦屋くんはハッと口を抑えた。何か我慢しているような顔つきだ。なんとなく心当たりができたオレは、あんみつちゃんと触れ合いながら、芦屋くんの顔を覗き込んで尋ねてみる。
「芦屋くんも猫ちゃん好き?可愛いよね、猫」
「…………」
「見てると癒されるし、触ったらふわふわだし、肉球はぷにぷにだしー。あと鳴き声もめちゃくちゃかわいいし」
「…………」
「このくりくりのお目目で見上げられたらもうたまんないよな〜」
「……………………ッ!!」
突然両肩を強く掴まれた。そしてめちゃくちゃ睨まれている。えっ怖い、もしかして選択肢ミスったかな。謝ろうかと口を開きかけた時、俯いて上目でオレを見上げる芦屋くんの口から、ぽつりと呟きが零れる。
「お前……笑わねえのかよ」
「……え?何が?」
「今までオレの傍にいた奴はみんなそうだった。『お前みたいな奴がそんなの好きなんて』って、笑いながら馬鹿にしてきやがる」
「ええ……猫ちゃんの可愛さが理解できないなんて、そいつら人の心がないんじゃないかな」
「やっぱりそうなのか……」
やっぱりそうなのか?……いや、やっぱりそうだよな。猫ちゃんの可愛さが理解できないうえ、猫ちゃんを可愛がる人間をバカにするとはけしからん奴らだ。オレの言葉を聞いた芦屋くんはまたしばらく黙ったあと、両手に入れていた力を抜き、戸惑っているように視線をさ迷わせた。
「オレは……こいつらの、ネコの可愛さを世界に広めたいと思ってる」
「……!!芦屋くん……それめっちゃ良いよ!!すごいアイデア!!」
「だよな……。だから今までオレを笑ってきた奴ら全員、ネコのかわいい動画漬けにしてきたんだ」
「最高!!最高!!天才!!」
「そしてついた二つ名が……『猫好きの芦屋』」
「ウワーッ!!かっこいい!!」
「中谷……!!ここまでオレを理解してくれたのはオマエが初めてだ……!!」
肩に置かれていた手が、今度はオレの両手を取る。先程までとはうってかわって目をキラキラさせた芦屋くんは、幼いながらもキリッとした印象の顔立ちをした美人さんだ。まさに美猫顔。
「その……オマエに、オレの特別なネコを紹介してえんだけど。これから空いてるか?」
「えっ全然空いてる。見たい見たい猫ちゃん見たい」
「ん。じゃあオレの部屋に来てくれ」
あんみつちゃんの頭を撫でてお別れをした後、芦屋くんは立ち上がって寮の方へ向かう。オレもその後を追いかけた、の、だが──。
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