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──知ってる。この道めちゃくちゃ知ってる。最近通ったことある。
「ここがオレの部屋」
ナンバープレートには『124』の文字。
……うん、ここ敦の部屋だな。じゃあ敦が言ってた『なかなか部屋に戻ってこない同室相手』って芦屋くんのことかぁ。っていやいや、こんな偶然ある?
「……どうした?入っていいぞ」
「えっとあのー、今同室の人とかって」
「ああ。部活中だからいねえよ、安心しとけ」
そう言いながら芦屋くんは中へ入っていく。そっか、敦はこの時間は部活か。前この部屋であったことを思い出して複雑な気分になりつつ、「お邪魔します」と部屋へ踏み入る。仕切りカーテンの向こうの芦屋くんの部屋は、小物から何から全て猫を象ったものだった。
「す、すごい……!!かわいい……!!」
「へへ……」
照れ臭そうに笑ったあと、芦屋くんはクローゼットの戸に手をかける。……そういえば、寮で動物って飼えないよな?じゃあ特別な猫って本物じゃなくてグッズとか?そう考えているうち、芦屋くんの手が勢いよくクローゼットを開けて、その中にあるものがオレの眼前に露になる。
「…………えっ」
それは、かなり凝ったデザインのネコミミとミニスカメイド服だった。
「……えっ?え?」
「これがオレの中で一番特別なネコだ。着てくれ」
「えっ?」
「着てくれ」
「えっ?」
「着てくれ。オマエにはネコの才能がある」
猫の……才能……?
呆然としているオレをよそに、芦屋くんは相変わらず輝いた目でメイド服のデザインの解説をしている。確かに服は可愛らしいし男心も非常にくすぐられるけど、これをオレが着る……?
脳の処理が追いつかないでいると、生き生きと喋り続けていた芦屋くんの声がピタリと止み、その表情が暗くなる。
「……やっぱ、こういうのは引くか」
「あっ……いや、違くて!猫のぬいぐるみ?とかかと思ってたから、ちょっとびっくりしただけで……!」
「ぬいぐるみ……か。……そういうのも勿論あるけど、オレが今までで一番魂を込めた作品はコイツだ」
「さくひ……え゛!?これ芦屋くんが作ったの!?」
「ああ。一ヶ月かかった」
「す、すごすぎる……!!売り物として通用するレベルだよこんなん……」
そう言うと、芦屋くんの顔つきが少し綻ぶ。嬉しそうだ。
「でも……そんな最高傑作なんだったら、オレよりもっと似合いそうな人に着てもらった方がよくない?」
「? オマエも似合うと思うけど」
「いやいやいや……。あ!てかさ、芦屋くんが着たら?猫っぽい感じの美人さんだし、絶対めっちゃ似合うよ」
これはネコミミメイド服から逃れるための方便ではなく、純粋な本音だ。オレなんかより芦屋くんの方が絶対に似合う。ていうかぶっちゃけ着てるとこちょっと見たい。芦屋くんの瞳を見つめながらそんな情熱をぶつけると、動揺した様子で「オレが……この服を……?」と呟かれた。
「服もさ、一生懸命作ってくれた人に着て貰えたら嬉しいと思うな」
「…………」
考え込んでいた様子の芦屋くんは、やがて何かを決意したかのように深く頷く。そしてオレに向き直ると、触り心地のよさそうなスカートの裾を指先でつまんだ。
「オマエがそう言うなら……着てみる。ネコ好きに間違ったことを言う輩はいねえからな」
「芦屋くん……!」
「あ、でも色違いの二着目もあるからやっぱりオマエも着てくれ」
「え?二着目あるの?」
「ある。二十日かかった」
「さ、作業が速くなってる……!!」
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