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はぁ……色んな意味で心臓に悪いひとときだった。服を着替え、元の制服姿になった俺の前に、ぽすんと紙袋が置かれる。
「……?芦屋くん、これ何?」
「オマエがさっきまで着てたの。記念に持ってけ」
「ええ!?いやいや、あんな凄いの貰えないって!てか使い道もないし!!」
「着ればいいじゃん」
「着っ……!?」
「それか他のヤツに着せるとか」
「他の……!?」
自分はともかく他の奴に着せるって言われても、オレにそんな相手なんて……。
…………いや、春希に着せるのはアリだな。素顔の方はもちろん似合うだろうし、いつものカツラに眼鏡姿でもドジっ子メイドさんみたいで絶対にかわいい。照れながら「こっち見んなよ!」などと言っている姿が目に浮かぶ。
「有難く頂戴します」
「急になんだオマエ……。まあ、貰ってくれんなら良かった」
ふ、と息を吐いて笑った芦屋くんは、オレの持つ紙袋の隙間から更に何かを押し込んでくる。それは丸っこくてふわふわとした──可愛らしい黒猫のぬいぐるみだった。
「えっなにこれ!!かわいい!!」
「オマエ、『ぬいぐるみか何かかと思った』つってただろ?だからそれも」
「こ、これも手作り……?でもこんなに貰ってさすがに悪いというか……」
「いーんだよ、こっちだって良いモン見せてもらったんだから。……それに、ほら」
恐縮しているオレを見て、一度紙袋に入れたぬいぐるみを手に取る芦屋くん。その指がぬいぐるみの短い手をふりふりと操り、それと同時に声が聞こえてくる。
「『キミについて行きたいにゃー』……だってさ」
「……!!」
普通の芦屋くんより高い、明るい調子の声が聞こえて、ぬいぐるみが紙袋の中に戻ってくる。紙袋にすっぽり収まった黒猫の、つぶらな瞳を見下ろしながら、オレは様々な種類の感情を持て余して震えていた。
「……あ、ありがとう……。オレ、帰ってこの子に名前つけることにする……」
「そーかよ。……中谷」
「え?」
「また来いよ、校舎裏。他にもネコいっから」
「えっ……!!行く行く行く行く!!全制覇する!!」
芦屋くんの手を取ってぶんぶん振り回したあと、次は腕を大きく振りながら芦屋くんに別れを告げる。上機嫌で鼻歌を歌いながらドアノブに手をかけ、勢いよく開けると──。
「うわ……って、は?直也?なんでこの部屋に……」
「…………」
「…………直也?」
──敦がいた。
いやそりゃいるよな、だってここ敦の部屋だもん。部活が終われば帰ってくるよ。ていうかもうそんな時間か、全くそんな感じがしていなかった。春希心配してるかな。さすがに心配してる春希にメイド服着てくれって言ったら怒られるだろうな。瞬時に膨大なことが頭に浮かぶ間、オレは満面の笑みのまま固まっていた。
「……あ、あー!いやうんちょっとな!大したことじゃないから、じゃまた後で!!」
「ええ?ちょっと待っ……」
呼び止める声を振り切り、自室までの道を駆ける。まさかネコミミやらメイド服やらを所持している時に敦に会うとは。思わず誤魔化して逃げてきたけど、絶対怪しまれてるよな……。まあ、晩メシの時にぼやかして説明すればいいか。芦屋くんが敦に何か言わないか心配だけど、もし全てが伝わったらその時はその時で開き直ろう。オレは偉大な猫好きの活動に貢献したのだから。
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