猫拾い

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 あぁ、はじめまして、よね?  ご丁寧に名刺をどうも。……弁護士、先生か。    先生、さすが素敵なスーツね。オーダーメイドかしら。  あら、弁護士もセンセイって呼ぶのでいいのかしらね?  そう呼ぶと自分が偉くなったと錯覚して、威張り出すからセンセイ呼びはやめるんじゃなかったかしら?  ふふ、冗談よ。どっちでもいいわ。  なぜ自分がこんなところに閉じ込められているか、わかっているかって?  おかしなことを聞くわね。  私が人を刃物で襲ったからでしょう?それくらいはわかってるわ。  でも、なぜそうなったのかはいまだによくわからないの。  詳しく話せって?  もう何度もいろんな人に話したわよ。――まあいいわ。どうせ他にすることがあるわけでもなし。  私が襲ったのは、旦那。  優しい人でさ。  押されると断れない、ちょっと弱い人。  でも、そんなところが好きだった。    その旦那が……冬になりかけだったわね。雪まじりの雨が降る夜、玄関で私を呼ぶわけ。 「おーい、鈴恵。子猫を拾ったんだ。見てごらん」  って。  私も猫は好きだったから、急なことで戸惑いながらも玄関に走った。  どんな毛色だろう、どんな目の色だろう、オスかな、メスかなって。  廊下に出て、玄関を見た私は固まった。  玄関の旦那の腕の中にいたのは、人間の娘だったから。  年は、中学生くらいに見えた。  今どきの中学生なんて、もう『子供』じゃないのよ。  旦那に肩を抱かれてしな垂れかかる姿は、いっぱしの女だった。  あのときのあの娘の目は忘れられない。  猫……そうね、こちらを見定めるような、獲物を見るような。とにかく子供の目じゃなかった。  旦那はその娘を家に入れようとするから、私は言ったわよ。 「その子、何なの」って。  旦那は怪訝な顔をして、 「だから、子猫を拾ったって言っただろう」  と言った。ふざけているのかと思ったわよ。声が出せないでいると、旦那は私を押しのけて家に小娘を入れたの。  何かの冗談かと思った。  それか、遠縁の身寄りのない娘を引き取ることになって、私に言いづらくて誤魔化すためにそんな演技をしているのかって。  だって、優しくて気が弱い人だったから。  そのうち、実は……って、種明かしでもするだろうと思ったの。  今思えば、それが間違いだったのかも知れない。  その日のうちに、小娘を家から追い出すべきだったのかも知れない。  小娘を可愛がる旦那の芝居は続いたわ。  家にいるときは、小娘を片時も離さない。  旦那の近くに寝転がる小娘の髪の毛を丁寧に撫でる。  虫唾が走るような甘い声で囁きかける。それも、赤ちゃん言葉で。  それを間近で見ている私の気持ちがわかる?  こっちの頭がおかしくなりそうだった。  憎らしいことに、小娘は身なりを整えると、私から見ても綺麗な顔をしていたわ。  そして、徐々に小娘が旦那に気を許していくのが見えた。  テレビを観ている旦那の膝を枕にするとか、食事中の旦那に身を摺り寄せて食べ物をねだるとか……猫なら当たり前だって?  だから、人間の小娘だって言っているじゃない!  ――ごめんなさい、ちょっと声が大きかったわね。  小娘はどんどんエスカレートしていったわ。  旦那が風呂に入っていると、脱衣所で出てくるのを待っているとか、首の下を撫でることを要求するとか……。  旦那にやめてくれと言わなかったのかって?  言ったわよ。もちろん、何度も。あれは猫じゃない、人間だって。  でもね、言えば言うほど、旦那は私を気味悪そうに見るようになった。  一度は無理やり病院に連れて行かれそうになったわ。  私はどこもおかしくない。  おかしいのは旦那よ。  病院になんて連れて行かれて、入院でもさせられたらどうなる?  あの小娘と旦那だけが家に……絶対にそんなの許せない。  だから……自分がどうかしていた、あれは猫だと言ったの。  そこからしばらくは見せかけの平和な日常が訪れたわ。  本当に見せかけよ。  私は気が狂いそうだった。  見ず知らずの小娘が目の前で自分の旦那の愛を一身に受けているのを見ていて、正常でいられるほうが狂っていると思わない?  ――え?つまり私はどうなのか?  ややこしいわね。  私は正常よ。  どこもおかしくないわ。  身内に相談?――できると思う?  何て言うのよ、旦那がどこの馬の骨ともわからない女の子を家に連れて帰って来て困ってますって?間違いなく警察沙汰よ。言えるはずがないじゃない。  ああ、そのあとね。  底冷えする、寒い日の夜だったわ。  あの日も、冷たい雨が降っていた。  私が家事を終えて、寝ようと寝室に行ったら、旦那の布団がやたらと膨らんでいたのよ。  嫌な予感しかしなかった。  私は冷静に台所に戻って、武器を持って寝室に向かったの。  何のための武器かって?  自分を守るために決まってるじゃない。  右手にこう、料理のときとは逆の向きに包丁を握って、左手で掛け布団の端をつかんだ。  そして、一気に捲りあげたの。  ――とうとう、小娘が旦那の布団の中に入っていた。  あぁ、吐きそうよ、旦那の手は……小娘の尻を撫でていた。  今でも覚えてる。旦那はびっくりした顔で、仁王立ちする私を見上げていて――小娘は――小娘は、勝ち誇ったように笑ったのよ。  音を立てて頭に血が上ったわ。  もう耐えられなかった。これ以上は自分が壊れてしまうと思った。  だから自分を守るために……めちゃくちゃに、私は包丁を突き立てた。  ……そこからはもうご存じでしょう?  警察が踏み込んできたときには、小娘は姿を消していた。  寝室には、血まみれの旦那と、返り血を浴びて棒立ちの私だけ。    ほぉらね、やっぱり。  私の話を聞いた人はみんなそんな顔になる。  お前の頭がオカシイんだろうって。  騙されないぞって。  でも、旦那が狂っていたかもしれないわよね?  そこにいたのは小娘だったのに、旦那にはの。  それとも、本当は猫だったのに、私にはのか。  もしかしたら、旦那もちゃんと小娘に見えていて、でもしらを切りとおせばああして堂々と一緒に暮らせると、私を騙していたのかもしれない。  ねぇ、先生はどう思います?
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