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「にゃあ」
明らかに部屋の中から、猫の鳴き声が聞こえてきた。
三人とも一斉に、そちらを振り返る。柱のところにある黒いカーテンだ。カーテンの裾がモゾモゾと動いて、その部分だけ不自然に膨らんでいた。
そちらに歩み寄ってカーテンを開くと、野良猫が一匹。おもちゃみたいにして抱えながら、新鮮な桃に齧り付いていた。
「……でも人間じゃなく子猫なら、あの窓からだって入れますよね」
先ほどのセリフに強引に繋げて、私は青木先生に笑顔を向けるのだった。
青木先生は素直に謝罪しただけでなく、お詫びとして、私たちに林檎を一つずつくれた。私が赤い方で、紀子が黄色い方だ。
こういう「お詫び」は、あくまでも形であり、内容はどうでも良い。私はそう思ったし、林檎なんてもらっても特に嬉しくなかったが、なぜか紀子は妙に喜んでいた。
そして、帰り道。
「青木先生、案外そそっかしいところあるよね。いきなり私たちを犯人扱いだなんて……」
という私の呟きに対して、隣を歩く紀子が笑顔で反応した。
「あら。でも、そこが可愛いんじゃないかしら」
先ほどの涙目が嘘みたいだ。それどころか、今までこんな紀子は見たことがない、というほど乙女な表情を浮かべている。
その様子から、私は悟るのだった。わざわざ紀子が私の課題提出に付き合って、美術室まで一緒に行ってくれた理由を。
私たちが桃泥棒なのは濡れ衣だったが、逆に紀子は、既にハートを盗まれていたらしい。
(「桃を食べたのは誰だ」完)
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