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「六時半からですね。どこかで時間でも潰します?」
「六時半? ふんふん……あのね? 庭作ってたって言ったでしょ? その横にスゲー美味そうなイタリアンレストランがあるの! いっつもさ、いい匂いがしてさー。仕事してるとジワ~って口の中にヨダレが出ちゃうんだよ。でも俺らの昼なんて弁当屋だから! のり弁だからね? そこ、行かない!? 今から!」
イタリアンレストラン? あー、あそこか。以前クライアントと食事したことがあったっけ。今時な青山って感じの洒落た内装で、ちゃんとしたピザ用の窯もあるんだよね。たしか、味もなかなか美味しかった記憶。
目の前で子供のように目を輝かせている椿さんへ「いいよ」と頷いて見せると、小さくガッツポーズしながら、唇を噛み締め、やったぜって顔。
ふふっ、よっぽど行きたかったんだね。
「じゃ、行きましょっか」
「うんうん!」
あは、はいはい。嬉しいんですね。お腹すいちゃってんですね。そんな目をキラキラさせちゃって。椿さんのあまりにも素直な反応に、悪い気なんてするはずもない。偶然の出会いトークが宙ぶらりんのまま消滅したのは残念だったけど、椿さんを見ていると俺も心なしか気分が弾んでる気がする。
大通りへ歩み出る足取りも軽快に、行き交う車の波を覗き込んだ。
遠くの方から向かってくるタクシーに空の表示を確認して、手を上げる。滑り込むように歩道に横付けしたタクシー。
ドアが開いて、俺は「どうぞ」と手で促し椿さんの後に続いてタクシーに乗り込んだ。店の住所を難なく運転手へと告げる。
そりゃね? 自分の請け負ってる案件のお隣なんですから。まぁ、難なくっすよ。そんな俺を椿さんが目を丸くして見ていた。
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