第一章 出会い編 /side:柴田

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「はい、承知しました。では、今後共よろしくお願いします」 「こちらこそ頼みますよ。柴田さん」  握手を求める手をしっかり握る。 「柴田さんに担当していただいて良かったです。今から楽しみです」 「ご期待に応えられるよう頑張ります」  エネルギッシュなオーラを放つクライアント様は、力強くガシッと手を握り返してきた。  細身だけど鍛えているような体つき。細マッチョってやつ? おしゃれ顎髭のせいでデータの年齢より落ち着いて見えるけど、それもわざとなのかもしれない。  そんなクライアント様は、三十そこそこで自分の店を持とうとしている。自信に溢れた表情の彼に、俺は深々と頭を下げた。彼は青山の街に自分のお店(ブックカフェ)を建てるオーナーさんだ。そして俺の仕事はそのお手伝い。ブックカフェのプランニングを担当している。  具体的にどんなことをするかと言えば、クライアントの希望を聞きつつ店舗の立地、商圏特性、地域性、オリジナリティーあるコンセプトを設定し、物件に合わせた最適な業態を提案する。 店舗にかかわるすべてのデザインプランをクライアントのオーナーに提示し、施工進行管理、開店までのスケジュール等、管理、調整をしてお店づくりをトータルサポートをするのだ。  今日は初の現地視察だった。ミーティングは滞りなく終わり、このまま帰宅予定。腕時計で時間を確認すれば、夕方の五時十五分だった。  おー! 早い早い! やっぱ俺って出来る男! なんてね。  不意にポケットの携帯が鳴った。画面を見てゲンナリする。 「はぁ〜」  漏れ出る落胆。表示は以前担当したクライアントさんの名前だった。顧客だから居留守を使うわけにもいかない。使ってもいいよね……。もうこんな時間だし。なんて思いつつ、渋々通話ボタンをタップした。 「お電話ありがとうございます。グローバルプランニングの柴田です」 『もしもし。お久しぶりです。三上です。その節はお世話になりました』 「お久しぶりです。どうですか? お店の方は」 『おかげさまで、口コミでお客様が増えてきてるんです』 「おお~、すごいじゃないですか!」 『いえ! ほんとに! 全部柴田さんのおかげです。あの、それで、急にすみません。今日、お仕事のあとは空いていませんか?』  ああ、来た来た。面倒くさいやつ。  三上さんは個人でお菓子屋さんを開いている。俺より二つ上の二十七歳だけど、おしとやかでなかなか可愛らしい人だ。彼女がお店のプランニングをうちに依頼してきて、俺が担当になった。半年前に仕事をきっちり終わらせ、無事にオープンしてからもこうやってたまに電話をかけてくる。内容はいつも同じ。お礼がしたいから一度お店に来て欲しいというものだ。何かトラブルが起きているのならばアフターケアとして行く必要があるけど、何もないなら業務外。誘いに乗って行けば最後、絶対面倒なことになるのは目に見えている。だから俺はいつも丁重にお断りをしている。 「申し訳ございません。今からまだ一件、打ち合わせがありまして……」 『あ……そうなんですか』  仕事があると言えば、これ以上誘われない。ハッキリ断ることもしたくない。相手は元クライアント様。けっして無下にはできない。さっさと飽きてくれるのを待つばかりだ。  この業界、口コミは命。嫌な印象は与えられない。なのでこれがベストでしょ。「応援してます。頑張って下さいね」と爽やかに伝え、通話を終えた。
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