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「あ! ちょ、ちょっと待ってください! ……やべ、コンビニ行かなきゃ……」
焦った顔のニッカポッカは、申し訳ないという表情でおばあちゃんに米を返した。
「ごめんね? 俺、仕事中でさ、もう行かなきゃ」
「あーあー。ありがとう。ありがとう。すまなんだねー」
「じゃ、頼むね?」
慌てて立ち去るツバキニッカポッカ。その走り去る背中をおばあちゃんと二人で見送った。
「んじゃ、行こっか」
ツバキニッカポッカがおばあちゃんに返した荷物に手をかけ、そっと微笑んでみせると、おばあちゃんは何度も頭を下げて「ありがとう」と言ってくれた。
おばあちゃんの家に着いた頃には六時近くになっていた。昭和感漂う懐かしい一軒家。石の門を抜けると、猫の額ほどのエントランスには小さな花をつけた植木鉢が両側に沢山並んでいた。数歩で玄関にたどり着く。玄関ドアをくぐり、中まで荷物を運び入れ帰ろうとすると、おばあちゃんがよいしょと部屋へ上がりパチパチと照明を点けた。
「じゃあ、おばあちゃん。俺はこれで」
「上がりんしゃい。すぐお茶出したるで」
早く上がって来いと手招きする。
まぁ、今更街をふらつく気力もない。熱心なお誘いを断るのもなんだから、少しだけお邪魔することにした。出してくれた熱いお茶をいただいて一息つき、「さて」と思ったら、おばあちゃんがきんぴらごぼうの入った器を持ってきた。俺の前に置き、箸も置く。
「食べてき」
「あ、ありがとう」
昔ながらの青色の模様の陶器に入ったきんぴらごぼうは特に思い入れのある食べ物でもないのに、なぜか懐かしい気持ちになった。
「じゃあ、いただきます」
お箸を手に取り、きんぴらごぼうをひとつまみして口に入れるとちょうどいい甘辛さ。コンビニ弁当に入っているのよりずっと美味しい。さすがおばあちゃん。熟練のお味。ご飯が欲しくなっちゃうな。なんて思ってると、本当にホカホカのご飯がやってきた。
俺、顔に出ちゃってたのかな?
おばあちゃんはニコニコ顔で、味噌汁、漬物、煮魚や煮物を並べていく。いつのまにか立派な晩御飯の出来上がりだ。イカとワカメとジャガイモの煮物は初めて食べたけど味が染みていてとても美味しかった。
ご飯を食べながら、おばあちゃんと一緒にテレビを観る。まるでこのおばあちゃんの孫みたいになってる自分に笑けてくる。
夕飯をご馳走になり、窓の外を見ればすっかり夜の色。
あのニッカポッカ君は、まさか俺が今こんなことになってるなんてきっと想像もしてないだろうな。……って、そろそろおいとましなきゃ。
「おばあちゃん。晩御飯ご馳走様。俺、そろそろ帰るね?」
「もうちょっとゆっくりしていき? ご飯食べたばかりで苦しいやろ?」
「いやいや、これ以上いたらおばあちゃんお風呂沸かしちゃいそうだもん」
「入ってくか?」
「またの機会にね」
そう言っておばあちゃんの丸まった小さな背中を撫で、おばあちゃんの家をあとにした。
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