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冷えた秋晴れのその日は、どことなくお正月の空気に似ていた。
小さな駅に降り立った人々が一様に改札へ向かっている。その流れの中に俺たちもいた。郊外の観光スポットであるこの場所は、平日は閑散としているが、休日になれば人も多い。高い場所にあるホームは遠くまで見渡せて、ならだかな山の連なりが美しく染まっていた。
立ち止まり色あざやかな景色に目を奪われていると、茉莉が振り返った。
「彗」
義姉は俺のことを死んだ兄の名で呼ぶ。
兄はこんなときに茉莉を忘れて景色に見惚れるタイプじゃなかった。俺は慌てた気分を表情に出さないよう茉莉の隣に並んだ。気を抜くとつい素が出てしまう。
茉莉の足取りは心なしか軽く見える。塞いでいた重さが、久しぶりの外出で多少晴れたのだろうか。静謐な空気も気持ちがいい。やっぱり来てよかった。
大勢の人が賑やかな土産物店の並びへ向かうの外れ、俺たちは小道に出た。程なくしてクリーム色の建物が見えてくる。洋館風の外観は記憶よりも少しだけくすんで見えた。
世界一周の旅に出よう。
というのはこの美術館のキャッチフレーズで、もちろん本当に世界一周へ行くわけではない。世界の名所が立体的に描かれ、体験しているように楽しめるのだ。
入り口で二人分のチケットを買い、館内マップをもらって足を踏み入れた。
「楽しみだね」
茉莉は言葉とは裏腹にやや緊張した面持ちで言った。
「そうだね」
俺は茉莉に微笑みかける。兄の穏やかな表情を思う。
ひとつ上の兄である彗と茉莉は大学時代に出会った。
俺と兄は仲が良く、俺は兄を追って東京に進学し、一緒に住んでいた。兄はなんでも俺に話して聞かせるところがあり、まだ顔も知らない頃から茉莉をよく知っていた。付き合い始めてから結婚するまでも、その後も、俺は手に取るように知っている。
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